ピロートーク

やがて性愛

屋久島に縄文杉を見に行った話

過去の話になるが、11月に母と屋久島に行ってきた。
目的は縄文杉へのトレッキングで、予約してからは女学生らの修学旅行みたいにキャッキャと準備を行った。
第一に、「どんなウェア着よう 赤がいいかな」「新しいリュックサック買いに行こう」「これを機に山ガールになっちゃったりして」と、形から入る。
第二に、「おやつは必須だって」「写真たくさん撮ろうね」「携帯トイレって本当に使うのかな」「ツアーガイドさんがイケメンだったらいいね」と、あれこれ思いをめぐらせる。
第三に、わたしはアウトドア用品店で購入した「山の遭難バイブル」を読んだ。「楽しいトレッキング旅♪」がいつ命と自然の闘いになるか分からないという山の恐怖を知る。一方、母は自分の体力について過信と自信消失を躁鬱状態のように繰り返した。
この前までは「お母さん、この前旅行で〇〇寺に行ったのよ、そこの長い階段上り下りできたから屋久島も行ける気がする!」と言ってた人が「途中でダウンしたら、近くの木の根っこのところで座って待ってるから、あつこだけでも楽しんできてね」と完全にわたしに思いを託してきたりする。
「その時はお母さんの荷物はわたしが持って、ガイドさんにお母さんをおんぶしてもらおう。それで縄文杉の根っこのところにお母さんを姨捨山のように置いていくから、最悪でも縄文杉は見られるよ」と、からかうと「楢山節考」と呟きながら落ち込んでいた。個人的には正直面白い。


前日は早めに支度をした。
「レインウェア」「はい」「ウェットティッシュ」「はい」と、持ち物リストを読み上げて相互に確認する姿は、女学生というよりも遠足に行く子どものよう。

その夜は日本シリーズを行っていて、この試合でカープが負けたら、即ソフトバンクホークスが優勝決定という場面で、明日の支度を終えたわたしはホテルのテレビにかじりついていた。お風呂は母に先に譲り、手に汗を握り試合を見守るも、結果的に負けてしまった。悔しく悲しい思いを胸に、お風呂に入り眠りにつく。

朝は3時半に起きた。服を着替え、スキンケアをして、髪をとかす。化粧してもどうせ汗かいてとれるのはわかっていたから、眉を書いて、色つきのリップクリームを塗っただけにした。
4時にガイドさんがホテルにお迎えに来てくれて、車で山まで行く。その後、バス乗り場で早めの朝食をとり、バスで登山口まで行った。
5時過ぎにトレッキング開始だった。まだ夜明け前で道は暗い。持参した懐中電灯で足場を照らしながら道を進んだ。6時半頃には明るくなってくる。幸運なことにそのツアーに参加しているのはわたしたち母娘しか居なかったため、ガイドのお兄さんと3人で、ひたすらテクテク歩いた。ガイドさんは良い人で、初心者のわたし達を色々と気遣ってくれた。歩きながら、植物のことや屋久島の歴史や文化について教えてくれる。
橋を越え、谷を見下ろし、岩を掴み、ときには階段を這いながら、一歩一歩進む。時々、自分たちより足取りが軽いお年よりたちに抜かれた。外国人の方がタンクトップ姿でスキップするように道を進んでいく。ガイドさんは知り合いを見つけて、楽しそうに談笑をし、わたし達母娘も時々写真を撮ったり、おやつを食べたりして休憩して昼前には縄文杉に着いたが、その頃には汗だくになっていた。
縄文杉について、途中の自然については、きっと他に分かりやすいことを書いている人がいると思うから描写は割愛。

辛かったのは帰り道だ。既に目的を達成してしまったため、ただ歩くためだけに歩くということを数時間続ける。登るときは一生懸命でさえあれば良いけれど、下るときは慎重さが欠かせない。足を滑らせたら大怪我をするだろうということが、往路で良く分かっているからだ。
母は後半から無言になりながらも頑張ってた。わたしは後ろから応援した。頑張って頑張って頑張って、数時間前、まだ夜明け前だった頃に歩いた道に戻ってくる。明るい時間だとこんなふうに景色が見えていたんだなと気づかされる。それを何度かくり返し、ようやくバス停まで着いた。疲れたね、疲れた、と言い合いバスに乗ろうと右足を少しあげると太ももがふくらはぎが足の裏が悲鳴を上げる。歩いている間はそれだけでいっぱいいっぱいで気づかなかったが体中が酷使されていて既に筋肉痛のビッグウェーブが来ていた。

遭難はしなかった。非常食として持参したおやつはたくさん余った。(ちなみに、みかんと梅干のお菓子、GABAチョコレートが疲労回復に重宝した。行く予定の方は参考にされたし。)朝に書いた眉はまだあったし、靴擦れはしなかった。ホテルに戻ってネットニュースを見るとやっぱり昨晩カープが負けたことは夢じゃなかった。でもなんか、昨晩や朝にあったモヤモヤは無くなっており「スポーツなんだから負けることはそりゃあるわいな」「来年また頑張ろう!」と、せいせいした気持ちになっていた。
トレッキングを終えて思い出すことは、縄文杉のエネルギーや自然の美しさでは無くて、母やガイドさんとあれこれ話したことや、ガイドさんの見えないところで母にふざけたこと、やいやい言いながら準備をしたことばかりで、結局のところわたしはそういうタイプなんだろうなと思った。自然も好きだけど、人の方がずっと好きみたい。身体を動かすことも楽しいけど、喋ったり考えたりする方に面白味を感じるみたい。それら全部含めて楽しいかったよ。お母さん、体が元気なうちにまたどこかへ無茶しに行こう。末永く元気であれ。カープよ、今年も頑張ろう。あつこも応援しておるよ。