ピロートーク

やがて性愛

目をつむっても菜の花の彼

「シュークリームは足がはやいから」 「だから」 「早く食べよう」

3センテンスに分けて言うほどのことかしら、とも思ったけれど「足の速いシュークリーム」って、どうしても運動会で真っ先にテープを切る、かけっこ上手なシュークリームをイメージしてしまいなんだかおかしい。わたし一人だったら笑い転げるんだけれど、まあ駅なので我慢した。

なぜシュークリームをもらっているのかというと、これは単なる好意からに違いない。 待ち合わせに早めに来たこの人が、「あつこが喜ぶだろうな」とお菓子屋でテイクアウトしたのだろう。こういう自分勝手な優しさや好意は、なんとなく父性を感じて個人的には大変好ましい。 ただ、申し訳ないことにわたしはシュークリームがあまり好きじゃない。

なんかさ、最近シュークリーム・エクレア・ロールケーキ的なカスタードクリーム感のあるまったりしたお菓子って食べると気持ち悪くなっちゃうんだよね。昔は大好きだったんだけれど。やっぱり年齢のせい?なんて。

 

 

ていうかさ、わたし達これからケーキ食べに行こうって話してたよね?

「おいしい紅茶とケーキのお店があるらしいよ」って誘ったのあなたよね?

“おいしい紅茶のお店”と言われたらコーヒー派なわたしも、じゃあ行ってみようかなという気になるのが乙女心というもので。外国人はデートに誘う時、「デートしましょう!」じゃなくって「美味しいアイスクリーム屋さんに一緒に行かない?」と言うらしいです。確かにそれなら着いていきたくなるよね。男子諸君そして女子諸君、よく覚えておくように。殊にわたしをデートに誘う予定があるなら。そしてわたしは実際においしい紅茶が気になって待ち合わせていたつもりだった。まんまとね。

ケーキ前にシュークリーム…と思ったけれど、やっぱりその「何も考えてなさ」と「考えた結果のコレ」感にくらっと来てしまう。なんとか食べ終えた後は、「おいしい紅茶とケーキのお店」に行くべく地図アプリを駆使して向かった。結局迷いまくりで、彼の地図の読めなさにわたしは

「地図が読めないことを責めやしない。ただ一言だけ言わせて。このスットコドッコイ!!!!」と声を荒げた。笑った。やっと見つけたお店ではオレンジのケーキとミルクティを飲んだ。

 

「シュークリームは足がはやい、って言ったけどさ」

「うん」

相手はカシスのケーキをフォークで刺しながら返事をした

「クッキーとかパウンドケーキなんかは足が遅いってわけ?」

「そりゃあ50メートル走14秒ぐらいの鈍足」

「ダサいね」

「ダサいさ」

最初から伝わっていたことが分かってそれが嬉しくって、目を合わせて笑いあった。さっきスットコドッコイって言ってごめん。でもわたしスットコドッコイって言葉現実で使ったのあれが初めてだったよ。紅茶、おいしかった。あとわたしシュークリーム実は駄目なんだ。だからごめんね。でも、ありがとう。嬉しかった。

 

<ひかりより明るいものを見つけた日 目をつむっても菜の花の彼>中家菜津子