ピロートーク

やがて性愛

いさめますか道ときますかさとしますか

駅前のマツキヨが閉店し予想以上の打撃を我々はくらった。母は「猫缶をこれからどこで買えばいいのか」と友人らは「ヘアースプレーが」「化粧品の試供品が」「日焼け止めクリームが」とそれぞれの生活必需品を買う場所を失ったようでおろおろしていた。

マツキヨが無くなったなら他のお店も近所にあるんだしそちらに行けばいいだけなんだけれど、どうしてもマツキヨがあったこれまでの生活と比較してしまう。市民の心に根付いたマツキヨ愛の精神は思いのほか深かった。

 

しばらくして工事が始まり、中身は一時がらんどうとなる。つい最近、そこはセブンイレブンとして生まれ変わった。オープン当日店前には不釣り合いな程大きな花輪が飾られてあった。

 

○○工務店、○○屋、株式会社○○代表○○、など見覚えのある店名の名前を冠した大きな花輪には、バラやひまわり、ガーベラといったメジャーな花から見たこともないような花まで飾られていた。 

その中から一本、抜きとる。

抜き取った赤いバラは、棘がきれいに処理されていてすべすべした。

匂いもよかった。茎の部分が思っていたよりもずっと長くてひょろりとしている。

花は10センチも無いが全長では50センチ以上はあった。

 

 

 

手に握り持って帰り、茎の余分な部分を斜めに切り、小さめの花瓶に水を入れて飾った。

 

「あら綺麗!どうしたの?」と母に聞かれたから「セブンの前からぱくってきた」と答えると、こってりしぼられた。当たり前だ。これは花泥棒。窃盗罪かなんかで訴えられても何も文句は言えない。

「防犯カメラもあるんだし危なっかしいことはやめなさい」と言われた。

なるほど防犯カメラね。そう思ったので次の日の帰り道は、黄色いひまわりを持ちながらどこにあるか分からないカメラに自慢するように堂々と花を掲げて歩いた。またしぼられた。「お巡りさん来てもお母さん知らないからね」と言われた。もう大人なのに、そんな叱られ方?

花瓶に花は2輪となり、部屋が明るくなった。

 

明日はブルーのを持って来よう、と思っていたらその日から花輪の飾りは撤去されていた。まさかわたしのせいじゃあるまい。

家へ帰って「花、撤去されてたから今日はおみやげ無い」と言うと「あんたを警戒しているのよきっと」と笑われた。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。ものを盗むことはいけない。花を持ってきたのは犯罪だ。もしそこに関して何か言われたらわたしはきっと何も言い返せないし罪を償っていかなければならない。

ただ、内田百閒の「素人掏摸」って短編があってだね、なにわたしは川上弘美の「センセイの鞄」で知ったクチなんだけれども。後付けの理屈なんだけれどどうもあの花輪は慇懃無礼だった。だから自分の圧倒的悪さを盾に盗った。でも何も変わらない。せめて“明日”にも飾られたままだったらまたかすめて、部屋を一層明るくすることが出来たのにとは思う。それだけです。
sumima-sen,mou-shima-sen.soredake-desu.

 

<いさめますか道ときますかさとしますか宿世のよそと血を召しませな>与謝野晶子