ピロートーク

やがて性愛

夏の日の水面のひかり

この夏はとても良かったと思う。
イカ割りをしたり島にいったりドライブをしたり、充実していた。やり残したこと、として泳ぎに行こうよと言われた。

わたしは泳ぐのがあまり得意じゃない。水泳の授業も好きじゃなかった。小さいころに母が、泳げないとこの先苦労するだろうと思ってスイミングクラブに入れたそうだが、顔に水をつけるのが怖いとギャン泣きして1日で辞めたそうだ。今では顔に水つけられるし、中学生くらいのときは100メートルなら泳げたけど、でもまあ得意じゃない。

「海は怖いよ」と言ったら「プールでもいいから行こうよ」と言われた。「プールはなあ、わたし肩冷やしちゃいけんから」と言うと「剛腕スラッガーじゃあるまいし」と即座に返してもらえた。わたしのプロ意識を汲んでくれてありがたい。今はまだ信用されていないようなので、早く球界に貢献できるくらいの肩を作っていきたいと思う。

妥協案ということで、区民用温水プールに行くことになった。
かわいい水着はもっているが、区民プールには不適切な気がするのでスマートな競泳用水着を購入したいなと思う。

わたしの高校は女子しかいなかったんだけど、水泳の授業が年何回かあった。我が校の水着は、脚が下着のように股から太ももにかけての切れ込みがあるタイプでは無く、太ももの真ん中くらいまで丈があるスパッツ型のスクール水着だった。あれは良かった。切れ込みのあるパンツ型はなんとなく気恥ずかしい。ああいうのが良いな、と思って画像検索をかけるとスクール水着をアダルトに使用している画像が出てきてしまい、気分が悪くなりすぐに閉じた。

今年は平成最後の夏らしく、みんなそれを大義名分のように何かをしたりたのしんでいてとても良い。ただ、その言葉はわたしにはなんだか不釣り合いな気がしていた。わたしは泳ぐことよりも、マラソンよりも、電化製品の取り付けよりも何よりも暑いことが苦手だ。毎年、暑さにやられて今年こそは死んじゃうなと思うっているから、わたしにしたら毎年が「今年こそ最期の夏」だからだ。でも、今年も生き延びられた!来るぞ!実りの秋だ!これならわたしでも言える!「平成最後の秋」が来る!来年の今頃は新年号初の秋だ!!!
ちなみにわたしは10月に26歳になる。楽しみが止まらない!

でもその前に、まずはプールだ。夏の名残を惜しむべく、では無くて、だらだら生きてだぼついたボディを絞り、素晴らしい秋を迎えるべく、ダイエットがてら区民プールにでも通う習慣を作りたいと思う。

 

<夏の日の水面のひかり   ゆらぎ  花  水底の泥にしづもる記憶>早坂類

真田丸 めっちゃ好き

真田丸』(2016年の大河ドラマ堺雅人主演)が本当に好きだった。今でも狂おしい程好きだし、分かる人には分かるだろうけど、毎週Twitterでその名残を呟いている。

真田丸、本当に面白かった。
世間からもなかなか評判が良かったらしく、わたしも嬉しい。初めてきちんと視聴した大河ドラマがあれで良かったと心から誇りに思う。
今年は『西郷どん』を面白がって視聴している。もう8月も半ばなので、ストーリーは折り返し地点を越えているようだ。クライマックスは西南戦争だろうから、あとはそこまで走りきるだけだろう。

といっても、わたしは2017年の『おんな城主 直虎』を見ていない。真田丸の最終回後、わたしは酷いロス状態に陥り『あれ以上に好きになれる面白いドラマなぞない』と次回作(直虎)を見ることを放棄したのだ。あの選択は間違っていた…。おかげで、いまだにロスは抜けきれない。早めに手を打っていれば(直虎を見ていれば)こんなふうにはならなかっただろう。直虎、面白かったらしい。本当に見ておけばよかった…超後悔している…。

未だに真田丸のオープニングテーマを歌いながら家事をしたり、寺島進に頬を赤らめたり、内野聖陽を憎んだりしていて、テレビ視聴や日常生活に支障をきたしている。
内野聖陽をなぜ憎んでいるかというと、彼は徳川家康役だったので、堺雅人らの秀吉チームを倒したからだ。内野聖陽は何も悪くないことは本当はわかっている。あれはドラマだし、歴史だ。せめて憎むなら徳川家康だろう。それでもわたしは、現実とお話と歴史を混同して、一番無関係な内野聖陽を憎んでる。内野さんごめん。あなたの演技は最高だった。そのうち、あなたがカッコいい素敵な役で出ている映画かドラマを見て好きになるから、それまでは憎ませてほしい。

2016年当時、わたしは兄に真田丸の良さを本気で語っていた。死ぬほど面白い、毎週 登場人物たちと共に泣き笑い時代を生きることができる素晴らしさを最上の喜びと説明した。すると兄に「そんなに面白いもんかね」「おれは大河は見たことないな」と言われた。そして「いや」と何かを思い出したように話し出した。
「そういえば子供の頃に一話だけ見た。石川五右衛門が釜茹でされるやつ。あれはなんか印象に残ってる」とのこと。
石川五右衛門が釜茹でされる場面がある大河ドラマはそりゃいくつかありそうだけれど、わたしには分からない。ていうか、そんなシーンを幼少の頃に見て、その後の人生や価値観大丈夫だっただろうか。悪影響が及んでいないことを(兄に対して)祈るばかりだ。

子どもの頃の体験や印象とは強く残りがちだ。わたしがもし今子供で、子ども時代に真田丸にはまっていたとしたら、今以上に内野聖陽を憎む気持ちがDNAに染みついてしまっていただろう。その点では、大人になってからはまって良かったと思う。内野さんとしてもわたしとしても、一番被害が少なく済んだのだろう。そういうことにしたいし、その点に関しては内野さんはわたしに感謝してほしいぐらいだ。

熱帯低気圧街を覆へり

先週末、人生初のパチンコに行った。
友人に一度パチンコをやってみたいんだよね、と雑談中に話したところ「おれに任せろ」と名乗り上げてくれたからだ。
「おれは一時パチスロで食っていこうと思ってたんだからおれについて来れば大丈夫」といやに自信満々で何か引っかかったけど、とにかく土曜日はやってきた。

都内の某駅前近くの繁華街ですることになったので、二人でデパートの中を通って駅の外に出て、パチンコ屋さんに向かう。デパートには友人が好きなキャラクターグッズが売ってた。友人は帽子を欲しがって、試着して鏡を見たり、緑色のが在庫があるかどうか店員さんに聞いたりしていた。「ここで待ってるから買っちゃいなよ」とわたしが言うと、「いや、パチンコで元手を増やしてから買う」と保留にしていた。

キャラコラボ売り場を抜けて、エスカレーターを降りて、食品フロアに着く。きれいな色の季節のケーキが売ってるのを見て「あのメロンのがおいしそう」「桃のやつもきれい」と話し合う。とにかくパチンコで勝ってケーキと帽子を買おう、と共に誓った。

パチンコ屋の前で記念撮影をして、お店に入る。北斗の拳の台に席を決めて千円札を入れると、コインが出てくる。コインを数枚ずつ入れると、目の前の画面の中でケンシロウや敵や仲間たちが会話したり、戦ったりする。わたしも友人も千円札が何枚も入れて、ケンシロウ達の動向やロールの動きの狙いを定めてみたけど、結果的にだめだった。

二人で台を離れてとぼとぼ歩く。出口の前にカウンタの棚には、チョコレートやタバコや小さな家電が飾ってあった。

「わたしたちチョコレートの一枚ももらえないの?」
「もらえない、帽子もケーキも買えない」
「なんせんえんも使ったのに?」
「いくら使っても当たらないともらうことはできない」
パチンコ屋の前でがっかりしたポーズで記念撮影をして、おとなしく駅へ向かった。

 

「こんなことなら先に帽子を買っておけばよかった」「ケーキ食べたかった」と、二人でたくさん後悔した。
おかしのまちおかがあったので、ケーキのかわりに安いおやつを買うことにする。二人で500円以内を目安として、プロ野球チップス、ぺろぺろチョコ、チョコバー、ねるねるねるねを買った。食べる場所を探しているうちに雨足が強くなってきて、わたし達は、ラブホテル街を目前とした高架下で立ちながらおやつを食べた。ぺろぺろチョコは友人に、ねるねるねるねはわたしが持ち帰ることになった。

台風が来てるっていうからもう帰ろう。駅へ向かう。お互い懐がさむかった。もっと儲かると思ってたとわたしが呟くと「でもあっちゃんはビギナーズラックが出なくてよかったよ 出たらはまってしまったかもしれないよ」と慰めてくれた。
「一度良い思いするとね、それまでスったこと忘れちゃうんだよ。おれはパチスロやめるのに8年かかったよ」
「ビギナーズラックでいいから当たって欲しかった」
「これでいいんだよ」
「これでよかったの」
「これでいいんだ」

これで良い、これで良かったんだ。そう自分に言い聞かせながら家に帰った。悔しい反面、でもこれで20年後、わたしに娘や息子が居た時に「お母さんも若いころはパチンコしたこととかあるけどね」みたいに悪ぶることが出来てかっこいいなと思った。

 

<黄昏の樹々に小鳥の群れ止まず熱帯低気圧街を覆へり>栗木京子

放熱つづく夜を覚めをり

7月22日は、父と父の登山仲間と埼玉県の高校野球準決勝試合を、県営大宮球場で見てきた。バックネットすぐの良い席で、準決勝ともありなかなかいい試合だったと思う。
熱中症と日焼けの対策は万全だった。思いつくあらゆるものを持っていき、予防したので、倒れることも真っ黒に焦げることもなかった。

試合中盤に日陰で休憩していると、担架で高校生の女の子が運ばれていった。今試合している、県立高校の応援の女生徒さんだろう。担架の上に寝ていたが、顔とスカートの上にタオルが置かれていて、そこの配慮はされていて良かったと思った。でも、そりゃ倒れるよなとも思った。

 

試合後は、立ち飲みやでビールとレモンサワーと焼き鳥なんかを食べた。父と父の友人らと旅行の話や過去に起こした交通事故の話をして解散をした。


ちなみにわたしは自損事故を一回だけしたことがある。
社会人1年目の夏、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を池袋で見た次の日に、映画の影響で「俺がマックスだ!!!」という気持ちでハンドルを切ったら、柱にぶつかり車をへこませた。母に土下座して謝った。修理代3万円。ちょうど車検のシーズンだったので、何とかなった。俺はマックスなのに…。


話がずれた。


家に帰って、買い物をして、大河ドラマを見た。
昼間に浴びた日光がまだ体内に残っていて、火照っている気がしたので銭湯に行った。はじめて水風呂に肩まで浸かることができた。小学生の頃のプールの授業と同じで、水に触れると冷たくてとてもこの中には入れないと思うけど、思い切って入ってみると意外と大丈夫なんだね、あれ。水風呂の高さが中途半端だったので、空気椅子みたいな体勢でしばらく浸かっていた。体の中の熱が出ていく気がして気持ちいい。
水風呂と、ジャグジー風呂を何回か往復して銭湯を後にした。
水風呂効果か夜のおかげか、汗をかかずに家まで着いた。やっぱり疲れているみたいなのでエアコンをつけて寝転がった。ラコステのポロシャツワンピースを着ている。テレビニュースで明日は暦のうえでは「大暑」と言うとキャスターが話す声が聞こえてきた。洗濯しなきゃなとかお米炊いてないなとか明日何着て行こうとか考えるも、ちょっとだけ眠い。少し休んだら、明日の支度をしようと考えた。「ラコステの鰐も寝ころぶ大暑かな」という一句が出来て、こりゃ朝日新聞に投稿するしかねえなと思った。野心があるのか怠惰なのか疲れてるのか元気なのか、よく分からんが、夏の夜らしくて良いなと少しだけ思った。

 

<呼び交はし稲妻光り天と地の放熱つづく夜を覚めをり>栗木京子

君も君も君も死ぬなよ

はしかもおたふくかぜも水ぼうそうもかかったことない。ちなみに骨折も盲腸もりんご病手足口病も経験無い。母からは「ああいう子どものうちにかかっておく病気に、おまえがこの年になってかかったら…死ぬわよ」と、なんか細木和子みたいなこと言われている。でもかかったことないんだからしょうがないじゃん、とも思う。

インフルエンザもかかったことが無い。高熱でうなされたことは何度かあるけど、どれもインフルじゃ無かった。インフルエンザ経験者の知人に「やっぱり普通の高熱とは違うの?うなされながら『これはインフルの方だ』って分かるものなの?」と聞いたら「わかるもんだよ、あつこも一度かかってみるといいよ」と言われた。かかりたくない。わたしがかかったときに看病する気もないのにそんなこと言うのはやめて。そう言うと「看病はできないけど、食事はウーバーイーツで頼んでおくよ」と言ってくれた。その手があったかと思ったけれど、なんだか切ない。おおむね健康に生きてきたけれど、牡蠣にあたったことならある。あれはつらかった。

 

一昨年の10月のこと、お昼におしゃれレストランでカキフライ定食を頼んだ。その日は忙しい日だったから「午後からのエネルギー!」として奮発したのだった。午後、一生懸命働いた。昼食から約12時間後の夜寝る前、腹痛がやってきた。トイレにこもる。ひぃひぃ言いながら嘔吐と下痢を繰り返した。

誰か助けて、と思うのと同じスピードで「上は大水、下は大火事これなーんだ」というなぞなぞを思い出した。答えはお風呂じゃない、わたしだ。死んじゃうよう。死んじゃうよう。このままじゃ死んじゃうよう。誰か助けてよう。
泣きながら「牡蠣 あたる 対策」「牡蠣 死亡」「牡蠣 あたったとき」などで検索するも要するに「牡蠣にあたって腹痛の時はとにかく体内から出すこと、薬を飲んじゃいけないよ」しか書かれていなかったから、耐えるのみだった。なんかわかんないけどポカリとか飲んだ方がいい気がする、と思い、ちょっと体調が落ち着いた際に急いで且つゆっくりとした足取りで自販機まで買いに行き、すぐトイレにもどり、飲んだり吐いたり、飲んだりしゃがみこんだりした。朝方までにはなんとか出し切れたみたいで、一応会社に行った。

 

その後しばらくは牡蠣断ちをした。カキフライもオイスターバーも我慢、オイスターソースすら使うのをやめて、2ヵ月後くらいに牡蠣克服パーティーを友人とした。どきどきしながらカキフライカレーを食べた。

これが一昨年の話だから、その後何回か体調をくずしている。ウィルス性の風邪をひいたり、生理痛でぶっ倒れたり、ストレスで吐いたり。頭痛で早退したこともある。でも、多分基本的に健康なんだと思う。

ウーバーイーツのお店の中におかゆうどん屋さんってあるのだろうか。水ぼうそうおたふく風邪になったときはその友人を頼らねばならないから、見捨てられないように今後も良い関係を保ち続けたい。
ちなみにおしゃれレストランはその後しばらくして閉店した。いい気味だと思ってる。

 

<君も君も君も死ぬなよ蒼ざめし頬浮かびくる闇に叫びぬ>道浦母都子

クラフトボス めっちゃおいしい

クラフトボス   めっちゃ好きという話。

以上です、と言いたいんだけど、せっかくだからクラフトボスについて話します。

 


クラフトボス   めっちゃおいしい。あんなにおいしいボトルコーヒーはもう二度と販売されないのではないだろうか。あまりにわたしがクラフトボスをほめるため、友人に「クラフトボスってそんなにおいしいの?」と聞かれた。いつもの癖でわたしは大口を叩く。

「うまいのなんのって、わたしは自宅の蛇口からクラフトボスが出てくることを日々願ってるよ」「ブラック?ラテ?どっち?」そう聞かれてわたしは断言する。「右の蛇口ひねるとブラック、左をひねるとラテ」

後悔は無いと言い切ったが、これを聞きつけた人たちに、わが家の水道管を工事されて、これから米を炊くのも風呂もトイレもあらゆる水の代用にクラフトボスになってしまったらどうしよう。

別の友人に、不安をそう漏らすと「会社やめてクラフトボス屋さんになりゃいいじゃん」とアドバイスされた。わたしもそれしかないと思う。


てなわけでクラフトボスを愛飲してる。基本はブラック、おやつ代わりに飲むときはラテ。近頃、クラフトボスブラウンという新味が出るらしい。ああもう楽しみでしょうがない。わたしの中ではブラックは水、ラテはスイーツ、てことはブラウンはご飯とみそ汁くらいの立ち位置になりかねない。クラフトボス(食事)のお供にクラフトボス(飲料)となる日も遠くなかろう。

 


クラフトボスの魅力は、あの量とコスパはもちろん、味がいい。無限に飲み続けられそうな軽い飲み口。そのスッキリさは歯医者で口の中に吹きかけられるシャワーと争えるレベル。たぶんこれは良くない表現。豆が良いのか焙煎がいいのか良い水を使ってるのか???わたしにゃわからない。ただ、何もかもがうまく歯車が回り、そして、おいしい。


実家の土地掘ったらクラフトボス湧いてこねえかなと思う。たぶん出てこない。蛇口からも出てこない。雨の代わりに天からも降らないだろう。クラフトボスが欲しいなら、コンビニか、自販機か、スーパーにでも行くしかないのだ。わたしはこの現実に大いに感謝をする。なぜなら、外に出ずしてクラフトボス飲み放題になるのだとしたらわたしは家から出てこない引きこもりになってたと思うからだ。ありがとう、ありがとう、クラフトボス。おかげで社会生活を営めている。この恩は忘れない。いつまでもいつまでもクラフトボスは美味しくみんなに供給されましたとさ、こんなおとぎ話のようなハッピーエンドをわたしは心から願う。

無体なる愛の言葉を思ひつつ

結婚したいし、子どもがほしいなと思う。結婚したい理由は、おおざっぱにいうと人生を共にするパートナーが居た方がわたしの人生はもっと面白くなりそうだからだ。


子どもがほしい理由は、おおざっぱにいうと「子を宿し産む」という機能を自分が持ってるらしいからだ。せっかくなら備わってるらしい機能を試してみたい。一人じゃ子どもはつくれないから愛する人やパートナーとの子どもにしたい。わたしにとって、子への愛だのなんだのはその後の話だ。


人間の子どもを育てるのは難しいだろうけれど、やりがいがありそうだし、自分一人の人生じゃ感じられないような想いをたくさん出来そうでなんだか面白そうだ。

結婚も出産も子育ても想像のようにはうまくいかないだろうけれど、どんな結果だったとしても納得して満足したい。

 


でも最近のTwitterやニュースや世相を見ていると、なんだか軽く絶望してしまう。悪いニュースばかり目に映ってるのかもしれないけれど、妊娠、出産、子育て。これからやろうとしてる人、やってる最中の人へのあたりが強いらしくて、とても敵わないなと思ってしまう。こんなに風当たりが強いのなら、もしかしたら一人で生きる方がとやかく言われなくて楽なのかもしれない。


ちなみにここ最近の最大の絶望案件は「赤子が泣いたりうるさい」「赤子が泣くのは良いとして、親は対処する振る舞いを見せてくれ」だ。

赤子の泣き声がうるさいと思うのなら思えばいい。赤子と接する親の対応に不満を持つなら持てばいい。でも赤子に泣くなおとなしくしろというのは無理だろうし、他人に「私が望むように振舞ってみせろ」というのは無茶苦茶だ。


家族や友人相手に自分の要望を通そうと声を張るのはまだ分かる。でもそれだって、所詮は他人なのだから要望が通るとは限らない。わたしは他人が望むようには動かないし動けない。だから他人のこともわたしの意思で動かそうとしないし、してはならないと思っている。

動いてくれたらいいのにと思うことはある。でも、それは、それだけの話だ。わたしはそうやって考えて生きていて、この前友だちに「そんなに正しく生きてて辛くならないの?」と言われてしまった。どんなに辛かったとしても、この考え方はわたしの中でしばらくは変わらないだろう。

そして、わたしがわたしの望むままに他人が動かないことを理解して覚悟するように、あらゆる理不尽や困惑がこれからの人生で多く降ってくることを覚悟する。

政治も制度もお金も何も誰も守ってくれないかもしれない。愛してる愛されてるといった曖昧な愛なんてものだけじゃ立ち向かえないこともあるだろう。でも、きっと最後に愛とかいう曖昧なものが残れば良い方なんだろうと思う。


ちなみにまだ結婚も出産も予定はない。予定ができたらいつか報告します。これでおしまい。

 

<無体なる愛の言葉を思ひつつホース上向け水を湧かしむ>栗木京子