ピロートーク

やがて性愛

背中あわせで目覚めても

入社したての頃に文具一式を支給された。
ペンや定規、のり、はさみ、クリップとかと一緒に消しゴムと多機能ボールペンが入っていた。
消しゴムは普通のMONOのやつ。ボールペンは、シャーペンの他、赤黒青緑のボールペン機能がついているやつ。
赤黒青はよくあるけれど緑は珍しいなと思い、わたしは消しゴムを覆うカバーをずらして、ある時期 死ぬほど好きだった人の名前を書いた。

 

昔流行ったおまじない。
消しゴムに緑色のペンで好きな人の名前を書いて、そのまま使い切れたら両想いになるっていうやつ。
こんなおまじないをやるのは、本当に10年ぶりとかだった。当時は緑色のペンがなかなか見つからず(女児用文具コーナーに)苦労したものだった。
できるだけ早く使い切るために、意味も無く机の角にこすりつけて消しカスを生産したけれど、今はそんなことはしない。ていうかする暇がない。後輩の指導もあるし、任されることや残業時間が増えていて、恋する気持ちのみに捧げる時間は少なくとも業務時間中には無い。

でも、消しゴムはもうすぐ使い切る。わたしも強くなったなと思う。
おまじないの効果なのかかどうかは分からないけれど、消しゴムが小さくなったなと思い始めた頃から良い縁があって、愛するダーリン(固有名詞)と暮らし始めている。役所の手続きや契約等も、少し前に二人分完了した。

 

自分の暮らしが面白いことになってきたなと思う。なんか人生ゲームみたい。

今のやつを使い切ったら今度は誰の名前を書くかは決めていない。でもまあ適当にやるから、気にしないでいいよ。

 

<朝の陽に背中あわせで目覚めても抱き寄せられてふたたび眠る>中家菜津子

火のない夜もひかりはあふれ

生理のだるさが今月も律儀にやってきてじわじわと体に泥みたいな重さをべったりと塗りつけていった。体がその重たさに耐えきれずに横たえる。水を飲む。少し眠って、お腹がすいたから冷蔵庫前までのそのそ行きパンとチーズを食べる。また眠る。体をひきずるように移動して、私の休日は半径数メートルで終わった。

手負いの獣とはこんなものだろうと思う。

わたしの場合たまたま雨風をしのげる場所と、やさしい布団と羽ありの夜用ナプキンがあっただけで、これが野生のジャングルだったら真っ先に狙われていただろう。人間でよかった人間でよかったと思いながらまた眠る。

調子がいいときはテレビを見て、本も読める。SNSもチェックできる。もっと調子がいいときは洗濯も料理もできるし出かけることもお酒も飲める。でも今日はだめだ。ぼろぼろの内臓をもった獣は一日中同じパジャマで眠ったり祈ったりぼうっと楽しいことを考えて過ごす。

そのうち寝すぎて眠れなくなる。そんなときは前に漫画で読んだ「眠れないときのコツ」を試してみる。寝やすそうな場所を出来るだけ具体的にイメージして、イメージの中で寝てみるそうだ。布団の上は今日一日中居たので飽きてしまった。やわらかそうな動物のお腹の中で、子猫や子犬がおちちをもらうような寝方がいいなと思った。そのときはニャンも横に居てほしい。大きなどうぶつの中に、わたしとニャン。みんなで丸くなって寝たら気持ちいいだろう。手負いの獣は、優しい獣によって癒されるのだ。ううう、わたしこういうのに弱いんだよな、と思い涙が出てくる。これも全部生理の情緒不安定のせいということにして、安らかに、眠れ。

 

<ああ水がこわいくらいに澄みわたる火のない夜もひかりはあふれ>井上法子


(ニャン子もいるけどあの子は騒がしいから今回はよしておく ごめん)

ドラマ『きのう何食べた?』のケンジについて

ドラマ「きのう何食べた?」を見ている。原作ファンとして申し分ない仕上がりで、非難のしようがない。twitterやコラムなどを見てても、みんな褒めていてわたしも嬉しい。

キャスティング、脚本、雰囲気や原作再現度など、褒め要素はたくさんある中、ケンジ役の内野聖陽さんの演技が素晴らしいらしい。わたしは演技に関して全く門外漢子ちゃんなので口うるさくはないんだけれど、わたしでも分かるくらい演技がうまい。
西島秀俊さんももちろん良い。ちょっとピリピリと睨んだ時の感じとか立ち居振る舞いがシロさんって感じ。


ただわたしは個人的な恨みが内野聖陽にはあるため、内野聖陽のことばかり気にしながらドラマを視聴している。詳細は以下参照。

  

atsukohaaaan.hatenablog.com

 
「憎き徳川め…鳥もも肉など食いやがって…」
三方ヶ原の戦いでうんこもらしたくせに…」
「真田の恨み…ケンジ…」
「ケンジ…ケンジ…おいしそうだね…」

「ケンジ…幸せになれよ…」


てなわけで内野聖陽を許すことになった。過去は水に流そう。今を生きよう。

今週は『きのう何食べた?』はお休みなので、来週が楽しみです。大河ドラマ『いだてん』については、真田丸ほどでは無いけれど毎週楽しく視聴しています。あつこテレビだーいすき!

大切な人を見送っていた

リビングルームに恐竜がいる。恐竜を見たのは初めてだったので驚いたが、サイズは動物園のカバくらいで、意外と小さいんだなと思った。見た目からして草食っぽいけれど、暴れられたりしたら怖いので、触りたい気持ちを抑えてベッドルームの陰からこっそり見ていた。色は青い。
おとなしく、ただ立っているだけだ。どうしようかなと思い陰から見つめていると、恐竜は動き出した。玄関の方へ前進し、どうにかしてドアーを開け、外へ出て行った。大丈夫かなと思い、追いかけるようにドアーを開けて見ると、恐竜はエレベーターを降りていったようだ。
ドアーの開け方や、エレベーターのボタンの押し方も気になるし、エレベーターに入れたことが不思議でしょうがないけれど、どうにかなったらしい。
ベッドルームに戻り、恐竜がマンションから出てくるのを見ていた。怖い、よりも心配が勝っていた。
のっしのっしと歩いて、大通りの方へ出ようとしていた。「大丈夫かなあ」とわたしが言うと「青い恐竜だったろ、なら大丈夫だよ」と同居人に言われた。
そういうもんなのか、と知り安心する。茶色系は危ないらしく、世の中にはいろんな恐竜がいるんだなと思った。あの青い恐竜には百日紅がよく似合う気がするけれど、もう行ってしまって何もできないのでそう思うだけでおしまい。台所に行って、冷蔵庫をあけた。


これが2019年3月4日に見た夢。良い夢だったな。さすが夢らしく、現実との整合性がとれていないけれど(うちの間取りもマンションのつくりも違った)そんなことはどうでもいい。

 

恐竜好きのいいところはすでに絶滅してしまってるところだと思う。居なくなってしまった生き物と、遠い遠い昔を想うことが日々の暮らしの中でできるのは、わたしにはかなり魅力的だ。(今のわたしの暮らしの中では、ドラえもん読むときぐらいしかその体験はできない)

 

もう何年かここに住んだら、次はペット可のマンションに引っ越したいな。

恐竜がペットに含まれるのかはわからないけど、毎日お世話するし躾もきちんとやる。寄り道や夜遊びやムダ遣いもやめるから。あ  でものび太とピー助は最後お別れしちゃったよな…でもあれは漫画だし…役所に届けを出せば大丈夫なんじゃないかなとか考えてる。どこかで恐竜拾いたい。絶対にかわいがって、仲良しになって、ずっと一緒にいるんだ。

 

<いつかしらどこかでこうして陽にさらされ大切な人を見送っていた>斉藤光悦

わたしはあなたをしなせるよ

行き場を失くした静かな夫婦が、最後にピストル自殺を行う映画を見た。わたしはこの映画が好きで、もう何度も見ているが、横の人は初めてだと言う。あっちゃんのおすすめを見させてくれよ、というリクエストで借りてきた映画の中の一本だ。

ピストルの音は2発響く。
多分だけれど、1発目は夫が妻を撃ちぬいた音で、2発目は夫が自らの頭を撃ちぬく音。

映画は静かな弦の音楽が流れておわる。少し映画について話しあう。登場していた役者について、監督について、物語の最後について。その中で「おれ、あんなふうに死にたいな」とぽつりと言われた。
ピストルは怖いよやめたほうがいいよ、と止めに入ったけれど「たぶん一瞬だし痛くないよ」と言う。そういうもんかな、と思った。

「最初に撃つのは自分?奥さん?」
「相手かなあ」
「優しいじゃん」
「格好つくでしょ」
「画になるよ」

痛いのも熱いのも寒いのも苦しいのも嫌なわたしには死に方が見当たらない。わたしもピストル自殺にしようかな、と言うと「あっちゃんにぴったりな死に方がある」と提案してくれた。何、と聞く。「腹上死」。ハハハハハ、そりゃあいい。気持ちいい時に死ねるなら本望だと笑った。
殺されるならだれが良いだろうか。やさしくて、乱暴な人がいいな。この人は、だめだな。結構気が弱いから。今までにやさしくて乱暴な人なんていたかな、と考える。いなかった。いなかったと思う。そうかだから今日まで死なずに済んだんだな。ホッとして寝ころぶ。ホットカーペットで暖をとるためできるだけ平べったくなった。横の人は、映画のメニュー画面から、劇場版予告や登場人物紹介に見入ってる。横顔を下から見て、生きたいと心底思った。

絶対に死んでやるものか。わたしの野望は、200歳くらいまで生きて、先に死んだ人のわるくちを思い切り言うことだ。それに、まだ見たい映画がたくさんある。ドラえもんとか、男はつらいよとか借りてきたやつも今週中に見ないいけない。意気込みながら、ホットカーペットを全身で抱きしめた。

<それでゐてわたしはあなたをしなせるよ   桜は落ちるときが炎だ>藪内亮輔

屋久島に縄文杉を見に行った話

過去の話になるが、11月に母と屋久島に行ってきた。
目的は縄文杉へのトレッキングで、予約してからは女学生らの修学旅行みたいにキャッキャと準備を行った。
第一に、「どんなウェア着よう 赤がいいかな」「新しいリュックサック買いに行こう」「これを機に山ガールになっちゃったりして」と、形から入る。
第二に、「おやつは必須だって」「写真たくさん撮ろうね」「携帯トイレって本当に使うのかな」「ツアーガイドさんがイケメンだったらいいね」と、あれこれ思いをめぐらせる。
第三に、わたしはアウトドア用品店で購入した「山の遭難バイブル」を読んだ。「楽しいトレッキング旅♪」がいつ命と自然の闘いになるか分からないという山の恐怖を知る。一方、母は自分の体力について過信と自信消失を躁鬱状態のように繰り返した。
この前までは「お母さん、この前旅行で〇〇寺に行ったのよ、そこの長い階段上り下りできたから屋久島も行ける気がする!」と言ってた人が「途中でダウンしたら、近くの木の根っこのところで座って待ってるから、あつこだけでも楽しんできてね」と完全にわたしに思いを託してきたりする。
「その時はお母さんの荷物はわたしが持って、ガイドさんにお母さんをおんぶしてもらおう。それで縄文杉の根っこのところにお母さんを姨捨山のように置いていくから、最悪でも縄文杉は見られるよ」と、からかうと「楢山節考」と呟きながら落ち込んでいた。個人的には正直面白い。


前日は早めに支度をした。
「レインウェア」「はい」「ウェットティッシュ」「はい」と、持ち物リストを読み上げて相互に確認する姿は、女学生というよりも遠足に行く子どものよう。

その夜は日本シリーズを行っていて、この試合でカープが負けたら、即ソフトバンクホークスが優勝決定という場面で、明日の支度を終えたわたしはホテルのテレビにかじりついていた。お風呂は母に先に譲り、手に汗を握り試合を見守るも、結果的に負けてしまった。悔しく悲しい思いを胸に、お風呂に入り眠りにつく。

朝は3時半に起きた。服を着替え、スキンケアをして、髪をとかす。化粧してもどうせ汗かいてとれるのはわかっていたから、眉を書いて、色つきのリップクリームを塗っただけにした。
4時にガイドさんがホテルにお迎えに来てくれて、車で山まで行く。その後、バス乗り場で早めの朝食をとり、バスで登山口まで行った。
5時過ぎにトレッキング開始だった。まだ夜明け前で道は暗い。持参した懐中電灯で足場を照らしながら道を進んだ。6時半頃には明るくなってくる。幸運なことにそのツアーに参加しているのはわたしたち母娘しか居なかったため、ガイドのお兄さんと3人で、ひたすらテクテク歩いた。ガイドさんは良い人で、初心者のわたし達を色々と気遣ってくれた。歩きながら、植物のことや屋久島の歴史や文化について教えてくれる。
橋を越え、谷を見下ろし、岩を掴み、ときには階段を這いながら、一歩一歩進む。時々、自分たちより足取りが軽いお年よりたちに抜かれた。外国人の方がタンクトップ姿でスキップするように道を進んでいく。ガイドさんは知り合いを見つけて、楽しそうに談笑をし、わたし達母娘も時々写真を撮ったり、おやつを食べたりして休憩して昼前には縄文杉に着いたが、その頃には汗だくになっていた。
縄文杉について、途中の自然については、きっと他に分かりやすいことを書いている人がいると思うから描写は割愛。

辛かったのは帰り道だ。既に目的を達成してしまったため、ただ歩くためだけに歩くということを数時間続ける。登るときは一生懸命でさえあれば良いけれど、下るときは慎重さが欠かせない。足を滑らせたら大怪我をするだろうということが、往路で良く分かっているからだ。
母は後半から無言になりながらも頑張ってた。わたしは後ろから応援した。頑張って頑張って頑張って、数時間前、まだ夜明け前だった頃に歩いた道に戻ってくる。明るい時間だとこんなふうに景色が見えていたんだなと気づかされる。それを何度かくり返し、ようやくバス停まで着いた。疲れたね、疲れた、と言い合いバスに乗ろうと右足を少しあげると太ももがふくらはぎが足の裏が悲鳴を上げる。歩いている間はそれだけでいっぱいいっぱいで気づかなかったが体中が酷使されていて既に筋肉痛のビッグウェーブが来ていた。

遭難はしなかった。非常食として持参したおやつはたくさん余った。(ちなみに、みかんと梅干のお菓子、GABAチョコレートが疲労回復に重宝した。行く予定の方は参考にされたし。)朝に書いた眉はまだあったし、靴擦れはしなかった。ホテルに戻ってネットニュースを見るとやっぱり昨晩カープが負けたことは夢じゃなかった。でもなんか、昨晩や朝にあったモヤモヤは無くなっており「スポーツなんだから負けることはそりゃあるわいな」「来年また頑張ろう!」と、せいせいした気持ちになっていた。
トレッキングを終えて思い出すことは、縄文杉のエネルギーや自然の美しさでは無くて、母やガイドさんとあれこれ話したことや、ガイドさんの見えないところで母にふざけたこと、やいやい言いながら準備をしたことばかりで、結局のところわたしはそういうタイプなんだろうなと思った。自然も好きだけど、人の方がずっと好きみたい。身体を動かすことも楽しいけど、喋ったり考えたりする方に面白味を感じるみたい。それら全部含めて楽しいかったよ。お母さん、体が元気なうちにまたどこかへ無茶しに行こう。末永く元気であれ。カープよ、今年も頑張ろう。あつこも応援しておるよ。

お正月の大阪観光

お正月は大阪に行った。昨年は祖父の喪中で行けなかったため、二年ぶりだった。グループホームから一時帰省している祖母と親戚たちと、おせちやお雑煮を食べ、会話を楽しんだ。
夕方には親戚も祖母も父も帰ったため、わたしと母と兄の3人で大阪の実家に泊まることになった。翌日は祖母に頼まれていた用事を早々に3人で済ませた。1月2日になんばから出る夜行バスに乗る予定だったので、まだ時間が10時間ぐらい余っている。母に「あんたたち二人で観光でもしてきたら」と勧めてもらえたので、わたしと兄は二人で大阪をめぐることにした。二人で大阪をめぐるのは、昨年の四十九日後に行った「森友学園見学」以来である。
(詳細:思えば遠き春のこと - ピロートーク 思えば遠き春のこと - ピロートーク


梅田駅をかいくぐり、着いたのは大阪市西成区
「着いてきてこんなこと言うのもなんだけれど、なぜ正月にここを選んだの」と聞くと「こういうものを見ておかんといけん」と兄は言った。仰るとおりだなと思ったので、それでその話はおしまい。

めし、湯、簡易ホテル、従業員募集、など雑多な看板がある街中に大きな建物に寄り添うように段ボールや毛布にくるまれる人たちがいた。いつも思うのだが、段ボールは分かるけれど、毛布ってそんなに外に落ちているだろうか気になる。金網に、正月の炊き出しについての広告が貼られていた。時々、むわっとした匂いが鼻を刺激する。真冬でこの匂いなら、真夏はどうなるのだろうと思った。時々わたし達は記念写真を撮る。
「…そこで暮らしている…フリーランスの方々はさ…」と兄は、言葉を丁重に選んでいるようで見事に失敗していた。野良猫を2匹見つけて、その後に床にばらまかれたドライフードを見た。「お兄ちゃん、あれ」とフードを教えると「人は、どんな状態になっても何かの面倒を見ることで保ててる部分があるんじゃのう」と言った。わたしも同感した。

玉出スーパーを横目に、めし屋を通り、50円でジュースを買える自販機を見た。商店街にはカラオケスナックや、飯屋、呑み屋の他、なんとなく入ってはいけないなと察せるお店がいくつもあった。わたし達は腹ペコで、だけど地元のお店に入ることもなく、ぼんやりとした話をしながら通っていく。たくさん歩いた先に、あれ、っとなった。

飛田新地だった。わたしの方が先に気づいて、兄にそのことを伝えると「決してお店の中を見るのではない」「目を合わせてはならんぞ」と強く言われた。古めかしいお店が向かい合うように並んでおり、店の前に、ババアが座っているのをちらりと見ながら歩いた。
「決して見るな」とは、『千と千尋の神隠し』で千尋がハクにそんなこと言われてたなと思った。湯屋っていうのもオマージュだろうし、と謎のシンパシーを感じながら歩いていたら見えてしまったのだが、オッサンという感じの身なりの方が、魔女のキキちゃんのような紺色のワンピースでボブヘアーのお嬢さんと室内に入っていく姿が見えた。ジブリ違いだよ。そっちじゃねえよと思った。

「あれって自由恋愛の名のもとに行ってるんじゃろ ソープとどう違うの」と聞くと「たしかソープは混浴のうえの自由恋愛で、新地は飯屋のうえでの自由恋愛なはず」と教えてくれた。なるほど、お店の横に料理組合と書かれた提灯が飾っている理由が分かった。「コーラが一瓶出るらしい」と兄は教えてくれた。

「でもさあ、お嬢さんがた、肉体労働で稼ぐことになったとしても、デリバリーおねえさんとか繁華街ならいろんな職種があるのに、なんでこういう目立つ方で働くのだろう」
「おそらく、親元は同じで、最初はそういうところで働いていたお姉さんたちに『もっと稼げる場所があるよ』と上の人が言うんじゃないだろうか」
「なるほど ありえそうだ」

「おれは、だめなんだ。こういうの、参っちゃうんだよね」と兄はその土地の独特の雰囲気に面くらってしまったようでぐったりしていた。意外と潔癖なんだなと思った。わたしは結構平気で、ただのフィールドワークという感じだった。商店街の中を歩いていると、カラオケスナックから宗右衛門町ブルースが聞こえてきた。商店街を抜けさらに道を進むと、また商店街と飲み屋街。わたしたち兄妹はたこやきを分け合い、ゲームセンターに入る。兄はアーケードゲームを、わたしはピンボールをした。スマートボールでは景品のコアラのマーチをゲットできた。

さらに進む。まだまだ進む。やたら高い建物があり、それはあべのハルカスだった。「来たことある?」「無いのう」「スカイツリーは?」「スカイツリーならあるわい」「わしもじゃ」関東在住民ならみんな話しそうなことを話した。ビル内には入ったが、展望台まで行く元気は無かったのでやめた。梅田を経由してまた実家に帰った。母に「楽しかった?どこに行ったの?」と聞かれたので「あいりん地区と飛田新地あべのハルカスの近く」と答えると「はあ?」と言われた。妥当な反応だと思う。なにわともあれ。なんてちゃって。新鮮なお正月だったなと思う。

 

ただ、他人の人生を垣間見るとき、わたしはそれをコンテンツとして面白がって見てないだろうか心配になる。見てる自分をイメージすると嫌なやつだなと思う。でも、見ないでモノを言うのも嫌だし、きれいなものしか見てないような奴も嫌だ。複雑な心境。たぶん考えすぎな面もある。でもわたしは猫好きだから、猫好きだからという理由でいいから、猫に餌を与える人たちのことは見ていたい。と、思う。おしまい。