燃ゆる夜は二度と来ぬゆえ
鍵を失くしたという連絡が入ったから、部屋の掃除がてら探してみるとベッドサイドにぽつんと落ちていた。ははあ、あの時に落としたんだな、と目星をつけ「あったよ」と伝えた。
「マーベル・コミック的なヒーローの飾りがついているやつでしょう」
「そうそうそれそれ、じゃあ今度会う時に、持ってきてくれないかな」
「うん、このヒーロー、何マン?」
ヒーローの名前を教えてはもらったが、知らない人だった。そもそもわたしはヒーローに詳しくないので、当たり前っちゃああたりまえ。
それって強いの?と聞くと「とても強い」とのこと。
「彼はね、つらい過去を背負っているんだよ」
「なんかそういうの多いね」
「ヒーローの条件だから」
「ふうん」
じゃああなたはヒーローに向いていないね、と思ったけれど、口にするのはやめておいた。
ヒーローの条件が、強くてつらい過去を背負っていることなのだとしたら、ヒロインの条件はなんだろう。一途で、優しいことだろうか。それならわたしもヒロインには向いていない。誰もが自分の人生の主人公、なんてミュージカル映画のコピーみたいなことを言うつもりもないので、ヒロインになれないのならそれもまた受け止めるのみである。
後日、二人で夕食をとる約束をし、鍵を返した。お礼を言われたので「何度こっそりと合鍵を作ろうと思ったことか」と言うと、「あっちゃん、それ、なんか怖いよ」と怯えられた。並んで手を繋いで駅まで歩いた。まだ夜は少し寒いね、桜開花したらしいけど全然見ないよね、そんな話をしながら。
ポケットに入れた鍵の音がちゃらちゃらと聞こえる。わたしの鍵には、小さなクマのマスコットをつけている。駅へ向かう途中、ふいに抱き寄せられた時に、自分の冬物のコートのポケットから、相手の上半身を越して、やらかいクマの感触を感じた。あ、クマつぶれてる。そう思った。
<燃ゆる夜は二度と来ぬゆえ幻の戦旗ひそかにたたみゆくべし>道浦母都子