ピロートーク

やがて性愛

好意という香り燻りし

飲み会の帰りにふとスマホを確認すると、あの人もすぐ近くで飲み会中だということを知った。
お互いに終わる時間帯が重なったので、駅で待ち合わせて少し話す。

 「タバコ吸う人が、同席してたでしょう」と聞くと「自分以外は全員喫煙者だった」と言われた。
 「匂いでわかるよ」と言うと、「好き?」と聞かれた。


 好き、ってどれに対して?
そう聞き返したかったけれどなんだか惜しくて自分でも分からなくて「まあまあかな」と返した。

 香水が欲しい、と思った。
つける習慣はこれまでほとんど無かったけれど、つけてみたら何か変わるのだろうか。
わたしの匂いも、誰かに移るのだろうか。

五感は記憶に密接に関係しているけど、わたしはこの人のことを体のどこを経由して記憶するのだろう。
逆に皆はわたしを思い出すとき、何を経由しているのだろう。それはどんな姿だろう。
いや、みんなのことはどうでもいい。あなたにとってのわたしだけでいい。

 

 「知りたいな」と口をついで出た。
 「ん、何を?」とまじめに聞かれてしまい、あ、いや、なんでもない、とごまかす。
なんだよ酔ってたんじゃないんかよ、話、聞けてるじゃん。
 香水、タバコでもいい。あ、でもタバコじゃモテないからなあと考えがめぐる。ぐるぐる、あ、アンドロメダ。

「あっちゃんはいつもいい匂いがするね」鼻をすんすん鳴らせてその人はわたしのつむじのてっぺんに顔を寄せた。
「そこ、くさいよ」
「くさくないよ、いい匂い」
「そうかな」
「うん」

 

酔ってるということにすれば、言いたいこと言えるんじゃないかなと思いながら体をそちら側に寄せる。
肩や腰とかに手をまわさないんだなあとぼんやりと考えつつ、若い女でしかない自分がうとましくなる。
若さや体しか何もなくてそれだけであらゆるものが成立するのが、もどかしい。
心、言葉、体、みんなみんな伝われ。わたしの全てよ注ぎ込まれろ。どくどく。伝われ、伝われ。
あらゆるものを経由して、わたしよ、どうか。どうか。
そんなことを再びぐるぐるぐるぐるバターになっちゃいそうなほど考えていると、鼻をわたしの頭に乗せたまま、その人は言った。

 

「俺も、好きだよ」

 


見透かされた気がした。

「え」
「えっと、うん。知ってるよ」
と、わたし。


「うん」
と、その人は目を細めた。
一人で動揺してしまって何も言えないでいると、「終電、大丈夫?」と聞かれた。
「つ、次が終電だからそれ乗って帰る」と答える。
やばい、泣きそうだ、と痛切に感じた。

電車が来たから、乗って、別れる。
自分の服に、たばこの移り香を感じた。これも、経由のひとつ、とカウントする。
わたしの匂いも今頃あの人の服に乗って、おうちとやらに帰っているのだろうか。

わたしだって、好きだよ。
心のうちでそうつぶやいて、目を閉じる。

 

経由、結果、もうなんでもいいよ。わたしは現在を大切にしたいよ。大切にするよ。
好き、という言葉は簡単で、たったの二文字しかないくせに変な重みがあるから嫌いだ。
もうしばらくしたら、もっとわたしが賢くなって大人になったら、香水を買おうと思う。花の香りの。その頃には、きっとわたしたち完全な他人です。

<好意という香り燻りししばらくも儚ごとにて人と別るる>松平盟子