ピロートーク

やがて性愛

愛などと言はず

おみやげを渡したい、とのことだった。
「どこ行ってたの」「福岡」「旅行?」「出張」「いいね、福岡は、食べ物がおいしいらしいね」

仕事後新宿で待ち合わせ、お茶を飲み、おみやげを受け取る。
わたしでも聞いたことあるようなおみやげの定番お菓子が何種類か綺麗な袋に入っていた。
それから最近見た映画の話や、旅行の話、仕事の話、アニメの話、兄弟の話などをしてお店を出る。
「散歩しようか」「うん」


南口から西口へ大きくまわりこむ。途中で見つけたおいしそうなお店のメニューを見てあれこれ言う。
「トマトのイタリアン風だって」「ココナッツミルクベースってのもある」「もはや何料理だよって感じ」

秋風がそよいで気持ちいい夜で、自然とおだやかな気持になってきた。
「涼しくなったね」「秋だね」「あっというまだ」「衣替えしないとな」「でもまた暑さ戻るらしいよ」「えー」


他愛もないおしゃべりをつづけ、公園を通り抜ける。高層ビル群を歩く。夜の高層ビルは高さが増して見えるのはなぜだろう。
空が暗くて天井の底が見えないからだろうか。仕事帰りの人たちがたくさん湧き出てきて、それぞれがそれぞれを生きている。人間をやっていて、他者との関係を築いているのがこの一瞬を目にするだけでわかる。
ただ、ここには、本当に何もないのだ。
我々の間には、何もない。
ぐるうっと一周しかけている途中で、どこかのビルにLOVEの文字と矢印があった。
「そういえばわたし新宿LOVEって見たことない、赤い字の、あれ」
「すぐ近くだから、行こうか」


角をふたつほど曲がると、赤い字が見えた。夜だけど明るいけれどでも一足遅れて夜がはじまりつつあるこの街に輪郭がとろけていて、思っていたより目立っていなかった。結構小さいな、とも思った。
LOVEの字は上にLOがあり、それらはVEの上に乗っかっている。
Oは絶妙なバランスで傾いていて、中の空洞は武士の書見台のような傾きを保っていた。立て並びなら人が5人ぐらいは入れそう。
下段VとEの間には人一人ぶんがぴったり通れそうな空洞があり、Eの長編が屋根のようになっていて雨を避けること出来そうだ。

VとEの間の空洞に立つと、ハイヒールをはいたわたしの背よりも天上が少し高かった。
ラブの、ブ。ブが成り立つはざまに居るということがなんだか面白くて前方にいる人へ手をふると、iphoneをこちらにかざした。
「いくよー」と声をかけられたから、写真は苦手だけれど精一杯のスマイルを向ける。
「わたしも撮ろうか?」「いや、いいよ」「そう?」「うん」


そして、VとEの間から出て、並んでオブジェを見た。
LOVEはさっき見たときよりも、輪郭がとろけていて、包み込まれそうになった。思わずわたしの影とオブジェそのものの持つ影がぶつかって飲み込まれないように距離を保った。逃げたくなった。逃げたくなくもなった。

その場でさっき撮った写真を見せてもらう。
「あつこLOVEだな」と言ったから、
「LOVEあつこだね」だね、と返事した。
深い意味なんて、ありそうで、無い。

愛なんて恋なんてなにさと思いながら、どうしても愛や恋やというものに心や言葉を託してしまうのはわたしの弱いところなのかもしれない。でも逃れられない。逃れられなくてもいい。もう数十年は、わたしの心を宜しく頼みます。かしこ。

<愛などと言はず抱きあふ原人を好色と呼ばぬ山河のありき/春日井健>