ピロートーク

やがて性愛

たぶんゆめのレプリカだから


将来の夢、という言葉にはいまだにどきんとさせられる。

あらゆるものを卒業するたび、進路やら分岐点に立たされるたび、自分についての項目を思うたび、目の前につきつけられる。
看護婦さん、ケーキ屋さん、作家、バレリーナ、お嫁さん…と職業立場の名詞がパンドラの箱のように出てきてその勢いが風になって髪がかきみだされる。
もうこの年齢にもなって一般企業にお勤めをしていると、○○になりたい、という名詞を出すことすらはずかしい。せいぜい、お嫁さんかお母さん。これが精いっぱいの照れ。あるいはもうジョークでアイドルとか石油王の妻とかしか、みんな言わせてくれない。

 

と、ぐちぐち言ってたにも関わらず、ふつうにこんな話題が出来る人に出会うなんて思いもしなかったのが最近までのわたくし。

「小さいころ何になりたかったの」と聞いたら「小さいころはパイロットになりたかったよ」と言われたのがはじまりだった。
あはは、少年って感じ、と笑い、「じゃあ今は何になりたいの?」と聞くと「ゆるキャラで一発当てたいかな」と返され、爆笑した。
できるできる、あなたならそれ叶いそう。夢があってリアリティも含んでいてとても素敵。年相応の将来の夢。そう笑った。

「あなたは?」

 


「え」

 


そりゃあそうだ、聞かれ当たんだから聞き返すのがマナーみたいなところあるだろう。
むしろ聞かれたいから質問してきたと思われていてもおかしくない。

 

「わ、わたしは」

 


お嫁さん???

 

 

口をつぐんだ。
笑われるんじゃないか、と思うのと同時に
言ったところでどうなるの、と思ったからだ。


「な、何が向いてるかな」ごまかすと「うーん、そうだなあお花屋さんとか似合う、ケーキ屋さんも」
ぽうっと間の抜けた会話で成り立たせて、夢が侵されていく。
しんとろり、ぬらぬらとしたお互いの油を交換しあっているようなそんなわたしにだけ後ろ暗い、夜がじっとりと深まっていって、嫌々する。
まだ夢の話をさせてよ、そう思うも話す内容が無い、わたしの存在が悪いらしい。
箱の中身はからっぽだった。わたしは何にもなれないしみんな出て行っちゃたんだ。

「絶望の名前をしたものはあんなにたくさん勢いよく出てきたのに夢はなんもなくなっちゃったね」
そう自分に言い聞かせ、「ゆるキャラで一発当てたい」と言う人のやわらかな髪を撫でた。

絶望でもなんでもいいから、一つぐらい捕まえておけばよかったかな、それとも箱に閉じ込めればよかったかな。
自分で出した比喩に、喉もとをしめつけられそうになるのが、わたしのいつもの悪いくせだ。

 

ちーいさいころーはー神様がいてー と歌うと
「何 どしたの」と“ゆるキャラさん”は笑い、「ふーしぎに夢をー叶えーてくれたー」と調子が外れた歌い方をしてきた。
「まねっこ」とすねてみせると、それが面白かったのか今度は高らかに「カーテンをひらい~て~」と始まる。
きりがないね、きりがない。
夢なんて捨てちゃおうね、という願いを込めて、わたしはその人の肩に頭を乗せた。


<たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草を抱く>加藤治郎