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ピロートーク

やがて性愛

大切の言葉は今も

突然の連絡。
「ごはん食べに行かない?」に、ただ「いいね」と返した。

某駅にて待ち合わせをして、魚介系居酒屋に入る。
お酒は飲まないで、おさしみの盛り合わせやお豆腐を分け合って食べた。
いろいろあって、いろいろあり過ぎて、自然と口数が少なくなっていく。

沈黙を分け合い互いの皿に乗せて噛み砕く。飲み込む。自然に不自然がおこなわれているのがわかった。

 


「お飲み物のお代わりお持ちしましょうか」と若い店員さんが来た。
「あ、大丈夫です」
「ではあたたかいお茶をお持ちしますね」

あつい緑茶が出される。
さきほどまでの気まずさを横に置いて、湯呑に口をつける。


(「こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり/山崎方代」だなあ)と思い出す。
こういうとき、短歌や文学がわたしの中にあって本当によかった。そうだ、しどろもどろになっているんだなあ、わたし。


これを飲み終えたらきっとお会計だろう。
そしたらバイバイだ、この人はおうちに帰るんだなあ、とごく普通のことを思う。
おうちになんて行ったことないけれどおうちの様子を思い浮かべる。
大きなPCがあって、趣味のあれやこれやが置いてあって、服がハンガーに吊るされていて、好きだといってたあのフィギュアとか飾られているのだろう。別に行きたいわけじゃないけれど、なんだか自分にとってのガンダーラか桃源郷のように思えた。
絶対にたどりつけないところ、心でも実在の場所でもそういうところがあると、かなり詩としては強みが増す。

 

「飲み終えた?」
「え、あ、うん」

ちびちびと飲んでいたお茶の残りを一気した。帰りたい、でも、帰りたくない。

お会計をする、お店を出て、エレベーターを降りる。
駅へ行くの?まっすぐ、電車?
少し散歩しようか
うん
言葉にならないやりとりが目の内に交わされ、並んで歩く。
大きな本屋に入り、思い思いに手に取り、ことばを放ちあう。
「これは?」「5階に好きそうなコーナーあるよ」「あれは読んだよ」

蛍の光が流れ始めたので、お店を出、駅へ向かう。改札内に入り、ホームへ。
普段ならそのホームでわたしが電車に乗ったのを見届けてもらうまでだけれど今日はなんだか違った。
わたしの家の方面へ向かう電車に、二人で乗る。

 

電車の中はすいていたのですみっこへ移動する。
そしてあちらが何か言いたげな目をしている気がした。
「何か言いたいことがあるの?」と聞くと「ううん、見ているだけ」「そっか」


(「君の眼に見られいるとき私はこまかき水の粒子に還る/安藤美保」)


はずかしいような浄化されていくような気持ちのこの歌を思い出す。
小さく小さく粒子に変わっていく。変わるというよりも、還っていく。魚がもとにいた川へ戻るように。
何もしていないのだけれど、なんだか自分が悪いような気がしてくる。
その後ろ暗さから、なんとなく目をそらしつづけていたけれど、あちらの眼差しがどんなものなのか気になって顔をあげてみた。
まだ見ていた。優しい目だった。目と目が合い、そんなに悲しい顔をしないで、と叫びたくなった。

 

おでことおでこを、こつんとぶつけ互いの顔が近づくと
人と人はなぜこんなにも近寄りあえないのだろうとふしぎになる。


(「頬ずりをなしつつかなしこの二年手を握らざりき学ぶわれらは/篠弘」)


頬ずりじゃないけれど、二年手をとらない間に学んでいたわけでもないけれど、近寄るなんてたやすい。
ましては体の一部と一部をくっつけるなんてやろうと思えばいつでもできるはずだし選択はできるけれど、けれども。
近づきたいんじゃなかった。体をくっつけたいんじゃなかった。
魂の結びつきとか、心を通わせあうとか、そういう精神面のうすっぺらなことを言うつもりはない。

 

 

わたし、あなたになりたい。

 

 

乗り換え駅についたので二人して降り、今度こそわたしを電車に乗せ、ホームで見送られる。
「じゃあ、また」
「うん、さようなら」

 


本当は話さなきゃ聞かなきゃいけないことがたくさんあったはずなのに、何も言えずに別れ別れ。
なぜ、なぜいつも本当に大事なことは言えないのだろう。言いたいことが言えないのだろう。なにもかも飲み込んでしまうのだろう。
もしかしたら、言いたいことなんてないのかもしれない。
この人に対して、何か言うことで分かり合おうなんて期待したり願ったりしていないのかもしれない。
諦めているのかしら。

諦めだったらまだいい。
分かり合えないということを盾にして言い訳にするために、分かり合おうとしないのだとしたら?
あるいは、言えないでいる、ということに快感を覚えているのだとしたら?
自分に酔っているだけかもしれないよ、という不安が頭の上をひゅんひゅんとかすめる。

 


そんなはずはないと信じたい。
分かりあいたい、分かりあいたい。もっと言葉を尽くして理解しあってみたい。
短歌、三十一文字でいい。言葉を投げたい。そうして、あなたになりたい。
歌にならできるかもしれないから、そうしたら受け取ってくれるの?

夜の電車は走っていく。
登場人物は誰もいない。


<かの時に言ひそびれたる/大切の言葉は今も/胸にのこれど>石川啄木