ピロートーク

やがて性愛

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」

カウンター席に並んで二人で食事をしていた時に言われた。


犬を飼いたいんだよね


わたしは飼ったことこそ無いけれど、大賛成した。いいねいいね、ワンちゃんがいる生活って憧れちゃう。そう言いながら、柴犬、マルチーズヨークシャーテリアポメラニアン、フレンチブルドック、レトリーバー、秋田犬、ダルメシアン、チワワ。ありとあらゆるワンちゃんと、一緒に野原を走る自分をイメージした。それは素晴らしく楽しい景色だった。


実家ではずっと犬飼っててさ、もう実家なんてめったに帰らないけど、その帰る理由も犬に会うためだけだし。今の家はペット可なんだよ。お隣が犬飼ってるみたいで。


この人のLINEアイコンはかわいいワンちゃんだったことを思い出す。
「一人暮らしでワンちゃん飼うのって大変そうだもんね 」
もしこの人の家にワンちゃんがいるのだったら、わたしは「大変!わたしとこんなところで飲んでる暇ないわよ!ワンちゃんのところへ帰ってあげなさい!」とすぐさま帰らさせただろう。そして「ねえワンちゃん撫でたいからわたしもおうち行きたい」と自らねだっただろう。
任天堂からWiiが出たばかりの頃、Twitterか他所のインターネットで「女の子を家に連れ込むには『俺んちWiiあるよ』が効果的だ」という発言を見た。ふだんゲームをしないわたしだって、Wiiやってみたさに、ふらふらついていきたくなるけど、ワンニャンには敵わない。
「俺んち、犬いるから見に来ない?」だけでわたしのことはまんまとお持ち帰りが出来る。この人の家に限らず、全然好きじゃない人の家にだってひとりで夜中あがり込むだろう。そのぐらい“犬”が居る家は凄い。

 

そうなんだよ、独り暮らしだとどうしても限界があるよね。
じゃあ犬飼うからあつこさん結婚しない?俺、あつこさんのこと養えるし、そしたら犬も飼えるよ


自分ひとり分の食い扶持ぐらいならわたしだってなんとか稼げているし、専業主婦希望というわけじゃない。でも、ワンちゃん。
「打算的に見ても悪くない条件ね」と言ってしまった。
「でしょう」
「ワンちゃん飼ってからもう一度プロポーズしてくれたら前向きに考える」
「ペットショップにでも行くかな」
「だめ、保健所からもらってきて里親にならないとお嫁に行ってあげない」
「厳しいな」
「このぐらいでしか結婚のハードルを高くできないのよ」


少しだけ飲んだお酒で、ただでさえゆるゆるな結婚のハードルがさらに下がっている。人生なんてこんなノリで舵をとってもいいのかもしれない。カウンター席の下で、指をつまむように、手をつないだ。

 

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」/穂村弘