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ピロートーク

やがて性愛

雪の晴れ間を今流れゆく

日常 思い出話

祖父が急逝した。

一足先に向かった父以外の家族は、実家のある大阪へ各々現地集合した。

 

通夜、告別式は2日かけてスムーズに執り行われた。

 

初めて顔を合わせる親戚も数人居て、知らないおじいさんが、祖父との思い出話を勝手に語っていた。寛永年間の頃の板右衛門さんという腕の立つ宮大工がいた、明治の頃は長州でヤクザもんとドンパチやった、芸者の娘を身請けした、満州で商売を始めて儲けて本土へ戻ってきた。爺さんというのは歴史が好きな生き物であるという自説を補強させた。嘘か本当か今では分からないような、ファミリーの歴史。味わい深かった。

 

 

1日目。

東京はどんよりと雲の重たい日だった。西に行けば晴れるだろうと思って新幹線に乗っていたがそうでは無かった。日本列島中どんよりとした天気だったらしく、わたしが大阪に着く頃には、ちらほらと雪が降っていた。参列者は想像以上に少なく、身内に少し色がついた程度の人数だった。無宗教形式で行われたため、お坊さんとかは来なかった。その代わりに、親戚に般若心経を読めるおじいさんが居たらしく、その人が般若心経を読んだ。通夜振る舞いで余ったお寿司を、若いんだからという理由で食べさせられた。マンションに帰る途中の道で、歯ブラシとメイク落としを買いに、コンビニへ立ち寄った。

 

 

2日目。

ぐったりと目を覚ました。出かける前、母の黒ストッキングが破れていたから指摘した。父の会社の人に娘です、と挨拶をした。棺の中の祖父はなかなか良いスーツを着ていて男前だった。花を飾った。祖母は眠る祖父にずっと話しかけていた。お骨は意外としっかりしていた。式場の人が足腰の骨の残り方を褒めた。仕事のメールが入ったから、机の下にスマホを隠して返信をした。知らない親戚のおじさんがアロマオイルをくれた。

昨日と違って、雪こそ降らなかったが風の強い日だった。父と祖母に代わり、兄が遺影を、わたしが骨壺を入れた箱を持ってマンションまで帰った。

仏壇は無いので、植木鉢を飾る用のローテーブルに遺影やお線香や花を置いた。父と母は残り家や資産の片づけをするとのことだったので、明日から仕事のわたしと兄だけ夜の新幹線に乗って帰った。

 

 

 

新幹線で兄は爆睡していた。わたしも寝たかったけれど、ここで寝て家で寝られなくなることを恐れて、読みかけの小説の続きをめくった。

 

 

小学生の頃、家族みんなでテレビを見ていたら、ブラジャーのCMが流れた。まだ元気だった祖父がわたしに向かい「あつこがもっと大人になったら、おじいちゃんがブラジャー買ってやるからな」と笑った。わたしもワーイワーイと喜んだ。

数か月前に、そのことを思い出し、祖父に話すと、祖父は「おじいちゃんは約束を守る男や、ブラジャー買うたるからな」と力強く宣言をしていた。

 

ブラジャーまだ買ってもらって無いのに。

悲しいとか淋しいとか後悔とかの感情より先にそれが浮かんできた。

祖父の遺産は、わたしのところにも少しは入るだろう。そしたら、新宿の伊勢丹に行って一番いいブラジャーを店員さんに見繕ってもらおう、と思った。

ぴったりのサイズで、おちちの形を美しく見せる素晴らしいブラジャー。四十九日まで、まだ時間があるから、わたしは理想的なものを探さなければならない。おやすみなさい。

 

<生き急ぐわが姿にも似る雲が雪の晴れ間を今流れゆく>道浦母都子