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ピロートーク

やがて性愛

夢の産む言葉が道に

「ピアノは鍵盤楽器か?それとも打楽器か?」と誰かと議論する夢を昨晩見た。


「ピアノは打楽器だろう。鍵盤を打つことによってピアノ本体の中にある音が出る器官から音が出るんだ。これは打楽器だろう。」
「いや、鍵盤楽器だろう。確かに仕組みとしては「打つ」行為が音を出すために必要だけれどそれは鍵盤を媒介するじゃないか。「打つ」という行為から音が出るのは、極端な話どの楽器だって同じだろう。鍵盤を有している限り、ピアノは鍵盤楽器だ。」
「待ちたまえ、ピアノの中にある機関は弦だということを知らないのか。あの弦を打つことで音が鳴るのだとしたら、弦楽器とも言えよう。」

自分がどの意見の支持者だったのかは忘れてしまったが、目がさめたあと、何かを語った後の疲れが寝起きの自分の体に残っていた。
「マジかよ」「どれも説得力あるぞ」そうつぶやいた。
自分の中にこんなにたくさんのピアノに対する見解があるとは思わなかった。だって、ピアノが何楽器かだなんてこれまで考えたこと、ちっともない。


また、別の日の夢では、わたしは冒険者だった。
わたしは、“笑い”という抽象的な概念を探し求める旅をしていて、その途中で「緊張と緩和の森」に迷い込んでしまう。すると後ろからドロドロとしたビジュアルのモンスターが追いかけてきた。わたしは走って逃げる。緊張と緩和の森は薄暗く、背後にいるモンスターに捕まらないように逃げなければならない、というところで目が覚めた。起き上がり、せかせかと朝の身支度を整えながら考えた。
「マジかよ」「そうだよ、緊張と緩和だよ」


お笑い芸人や漫才師のネタを見ていると分かるけれど「笑い」が起きるときにはいくつかのパターンがある。ダチョウ倶楽部とダウンタウンはどちらも超面白いけれど、それぞれは笑いの起こりかたが違う。芸風云々の話ではない。
年末のガキつかスペシャル笑っていはいけない○○や、お葬式とかの厳粛な場で起きる小さなドジがとても笑えるように、「緊張と緩和」は笑いを産む。笑いとは何か?の唯一の答えと言い切ることは出来ないが、答えの一部分を確かに担っているだろう。

笑いについての哲学なんて持っていないし考えたことすらなかったのに、夢の中の自分は感覚的にその答えを分かっていた。ピアノだってそうだ。起きている時の「わたし」よりもずっとピアノについての考えを巡らせられている。

夢の中の自分の方が現実の「あつこ」より数段賢い可能性が出てきた。
このままだと「夢」のあつこの方が力を持ち始めて、「現実」のあつこを乗っ取ってしまうかもしれない。ありがちなストーリー。嫌だな、って思うかい?自分のままでいたい、って思うかい?

あつこよ、そして「誰か」よ。
「現世は夢。夜の夢こそまこと」って乱歩が言うてるよ。
自分がたった一人のかけがえのない存在だなんて、そんなのは思い上がりかも、しれないよ。

 

<夢の産む言葉が道に降りしきるわからないから歩いてゆくよ  加藤治郎

P.S.

ピアノは、鍵盤楽器でも打楽器でも絃楽器でもあるそうです。大正解!