ピロートーク

やがて性愛

季節外れの夏の香水

夏は週末ごとにどこからか火薬の匂いがするのがいい。どこかで燃えているものを感じると、夏という字に奥行きが出る。もし字に意味だけでなく奥行きを与えて3Dにすることが出来るなら、『夏』は匂いだね。他のどの季節よりも嗅覚を刺激する。

ドーン、という音がするけれどどこからするのが分からなかった。上をぐるりと見回してもそれらしいものは見えなかったけれど、よそのお家のベランダから指をさしながら何かを話し合う人たちが見えた。その人達の姿かたちは逆光だったけれど、あの人たちはきっと家族だろう。わたしもマンションのエレベーターを上がって振り返る。少し離れた遠い街に。ああ、これ。これ。花火。

 


好きな人に見せたいと思った瞬間、冷静なわたしの頭が「あの人はきっともっといい花火を見てるだろうよ」と言った。確かに有りうるね、と返事をした。脳内vs脳内でも聞き分けがよく気にしないふりの自分に腹が立つ。
花火なんか勝手に見やがれ。ちくしょう。夏なんていくら感傷的になったところであと30日もしたら秋になるんだ。何がサマーだ。ばかたれ。拳を振り下ろしたけれど、ガンッと手すりに手をぶつけただけで酷く痛かった。ちくしょう。ちくしょう。
そういえば一緒に花火を見たことがなかったことを今になって気づく。もしかしたらもう一生一緒に見られないのかもしれないけれどそれは、まあ。しょうがない。その時はわたしが贈ってやろうと思う。花火の一発二発ぐらい、打ち上げてやらあ。あなたのためなら。


火薬の匂いを嗅ぐたびに、夏が来るごとにわたしを思い出して、わたしを傷つけたことを後悔したらいい、と嫌な気持ちになっている。ドーン、という音。遠くの街で放たれる火のつぶつぶ。あれら一つ一つが、誰かの夏を燃やしているのだと思うと、孤独なんて言葉のちっぽけさが浮き彫りになる。手すりをぎゅっと掴んで、放して、自分の家へ入って行った。部屋からはもう花火の音は聞こえなかった。腹が立って、悲しくって悔しくってしょうがなくって、香水の瓶を振って頭からかぶった。

 

<ときどきは誰のものでもない夜の季節外れの夏の香水>田丸まひる