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ピロートーク

やがて性愛

なまぐさく口あけている夜の路地

サブちゃんの話。

大学生のとき授業が終わり、まだ日が落ちないうちに家に帰ったら家に居た母親に驚かれた。 「あら、早いわね!寄り道しなかったんだ!」と、普段バイトだデートだと寄り道しては夜遅くに帰ってくるわたしへの嫌味かしら。「まあね」と言うと「それじゃ、サブちゃんに会ってきた?」と。

サブちゃん?????

誰、サブちゃん。 「えっ知らないの?話してないっけ、ほら、あの、人畜無害のサブロウちゃんよ」

いや、だから、誰、サブちゃん

「ほら、駅前によく居るじゃない。煙草吸ってよだれ垂らしているオッサン」

 

……あれがサブちゃんか!!!!!!!

サブちゃんは居た。 いつもいつも駅に居て、煙草を吸っては咳をし、オエッオエッとえづいて「あんた煙草やめたほうがええんちゃうか」とアドバイス欲を湧かせる。そして両ひざに両手を合わせた前傾の姿勢で、口を開き、よだれを垂らしている。

高校時代の下校中「見ちゃいけないんだろうな」という気にさせ続けていた、あの彼がサブちゃんだった。

「お母さんもパート仲間から聞いたんだけれどね、サブちゃん、○○の所のアパートに息子さんと二人で暮らしていて、昼間息子さんが仕事でいない間は暇だから駅で時間つぶしているんだって。でも、よだれ垂らしたりタバコ吸ったりえづいているだけで人には何もしないから人畜無害のサブロウちゃんって皆から呼ばれているんだって。それでね、サブちゃん、昔悪い女に騙されてスッテンテンになったらしくって。だから息子さんと二人暮らしなのかしら、でも夜には帰るそうよ。だからあんた昼間だから見たかなって思って」

情報量が多すぎて3回ぐらい話を聞き返したけれど、要するにそういうことだそうだ。わたしは、このテの話に弱い。単なるオッサンが物語を持ったオッサンになる瞬間。わたしの胸は果てしないキュン騒ぎになる。

 

今後わたしはサブちゃんを見るたびに人の人生という大きなストーリーを想う。彼の人生がどうこうということではない。生きるとはストーリーを紡ぎだすことだ。そのストーリーを誰かと共有する時、「あなた」の生きた時間軸と「わたし」が交差する気がする。ストーリーを感じさせる人に、わたしは弱い。

 

しばらくして母が言った。 「そういえばサブちゃんのこと聞いた?」と言ってきた

「サブちゃんね、なんか息子さんのはからいで昼間はデイサービスに通いはじめたらしいよ」

聞いてるわけねえじゃん、と思ったけれど、それじゃあサブちゃんにはもう会えなくなるのかもしれない。元からレアキャラだったけれど、そうとなると、少しだけ淋しく感じた。

 

またしばらくして。数か月前の話である。

わたしは飲み会後に終電を逃してしまい、どうにかこうにかタクシーで帰ることになった。なんとか最寄りの駅に降ろしてもらうとサブちゃんはそこにいた。夜中の1時とか2時頃のことである。わたしはヒイィッと小さく声をあげた。そのぐらい、夜中に前傾姿勢でたたずむサブちゃんは気味が悪かった。

人をちょっと知っただけで、その人を知ったような気になるのはいけない。サブちゃんはサブちゃんなりの事情があってここにいるんだろう。でも、さすがにこの時間帯は危ないよ、そう思った。サブちゃん。タバコはハイライトのサブちゃん。缶コーヒーが好きなサブちゃん。女に騙されてスッテンテンにされた、サブちゃん。人畜無害のサブちゃん。(全て母による情報)

サブちゃん、わたしはあなたをきっと忘れない。あなたはわたしをきっと知らない。でも、わたしは遠くから近くからあなたの幸せを祈る。でも、やっぱりタバコは多分やめたほうがいいと思う。なんかマジでやばいって、それ。

 

<なまぐさく口あけている夜の路地そこより風は起こりくるのか>長瀬和美