ピロートーク

やがて性愛

「サヨナラスルタメニデアツタワケヂヤナイ」

また思い出話をしようと思う。数年前、上野駅で小さな花束を買った。
  ・なぜ買ったのか:知り合いの演劇を見に行く手土産として
  ・どんな花だったか:忘れた。上野駅構内のアオヤマフラワーマーケットのミニブーケ。確か黄色ベース。
店員さんにラッピングを依頼すると、「ただ今先のお客様のラッピング中ですので店内をご覧になってお待ちください」と言われた。店員さんは真っ赤な一輪のバラに華奢な包装を施していた。
「あ、はい」と返事をしてわたしは真っ赤な一輪のバラの購入者を探した。店内にはわたしの他一人しかいなかったからすぐに分かった。


メッセージカードを書くミニテーブルの前で高校生男子が固まっていた。

 

それはそれはもう、イケてない男子だった。
男子校でコンピュータークラブ、とか無線研究会みたいなのに所属していそうな、眼鏡でひょろりとしていて制服の着こなしがもっさりしている男子。おおおっお前!!!その花は誰にやるんか!!!ええな!!!と心がはずんだ。
メッセージカードをちらりと見た。(前回も思ったけれどわたし本当に最低!!!手癖っていうか目が悪い目が!やめろ!!!!自分がされて嫌なことを人にするんじゃない!!!)

男子らしい字(ほめてる)で、メッセージカードは書きかけだった。

 

お誕生日おめでとう!
これからも

 

その男子は固まっていた。「これからも」の先の言葉を探していた。
わたしは思わず目をそらした。「これからも」何なんだろう。自分なら何て書いただろう。何て書けば良いのだろう。
構文としては「ずっと一緒にいようね」がベーシックだと思う。でも、男子は言葉が胸につかえて出ず、書くべき正しい言葉を探しているようだった。
「ずっと一緒にいよう」という言葉は、たやすくて使い勝手の良い言葉がいいし汎用性が高い。わたしも言ったし言われてきた。そして約束をやぶり破られてきた。恋を終えて言葉が嘘になるたびに未練がましさから「ずっと一緒って言ってたくせに」とわたしはひねた。

言っちゃ悪いけれど
高校時代の恋愛はたいてい長く続かない。長持ちしたところで高校時代の3年間。それ未満で終わるのがほとんど。ずっと一緒にいられるカップルなんて一握りで、わたしも頑張ったけれど2年半で終わっちゃった。もう大人になっちゃったわたしがうら若いカップルに向けて言うのは凄くイジワルだけれど、いつか彼らの恋が終わるときあの一輪のバラはどのような思い出になるのだろう。


自分の叶わなかった夢を他人に託すのは、ずるい。でも、あの男子にはもう二度と会うことはないだろうから、勝手に託す。わたしの過去の分の恋を、君が成就させてくれ。頼む。末永く幸せに暮らし続けてくれ。ハッピーエンドを見せてくれ。

 

追伸
この前、ふとした拍子で高校時代に付き合っていた人と会うことになったので、わたしは親友に打ち明けた。
「○日、高校時代の彼氏に会うことになったんだよね、何着て行こう」と相談すると彼女は「普段通りの恰好でいいじゃない」とのこと。
「駄目なんだよ!!!逃がした魚は大きかったって思われないと!!!あの頃とは違う大人の余裕がある素敵なあつこを演出したいんだよ!!!!」と上島珈琲で力説。
「じゃあ裸でいいんじゃん?ヤっちゃえよ」とのこと。案外それもいいかもしれない、と思ったが、当日は、もちろん服を着ていたし手も触れ合わずに別れた。当たり前田のクラッカー。ちゃんちゃん。

 

<「サヨナラスルタメニデアツタワケヂヤナイ」パソコン通信に花片のふる>橘夏生