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ピロートーク

やがて性愛

月面に脚が降り立つそのときも

思い出話 愛だの恋だの

数年前、今晩はスーパームーンという予報が出た日の朝、電車に揺られていると隣に立っているおじさんが携帯に対して真摯に向き合っていることに気が付いた。ついでに、電車が揺れたはずみでメールを打っていた画面が目に入った。「今晩はスーパームーンだって!」という一行目。なかなか詩的である。

 

おおっ、と思い体勢を整えた後も画面を覗き込む。

(卑劣!自分がされるのだったら絶対に怒るくせに!)

 

 

「今晩はスーパームーンだって

仕事を早めに切り上げて、満月の下二人でお風呂に入っていちゃいちゃしちゃおっか」

 

 

ハートやウサギちゃんや月の絵文字を使って彩られたメールをおじさんは推敲していた。推敲の果てに、対象の相手(おそらく女性)に送られた。

メールはものの数秒で相手へ届くらしい。おじさんは送信ボタンを押した後、携帯電話をスーツのポケットにしまった。きっとこの数秒でメールは彼女に届いていた。

 

キモい、とかいやらしい、とかよりも

わたしの父親より年上っぽいおじさんも、恋人相手にはニャンニャンなメールを送るんだなあと新鮮に感じた。そりゃあ、そうか。恋だもんな。

その日の夜はなんだか集中できなかった。今頃おじさん達は逢瀬を楽しんでいるのだろう月を見上げているのだろう二人は幸せだろうか、、とスーパームーンよりもそちらが気になって仕方がなかった。二人の幸せを切に願った。

 

恋人にだけ見せる表情はもちろん、二人だけに通じる言語ってあるよなあって思う。わたしも恋をするたびにそういう言葉や表情を作り、恋が終わるたびにフォルダごと削除してきた。

今年の頭に、不倫騒動でLINEが流出し「センテンススプリング」や「卒論」を見たときに、ああ、って感じた。二人だけの言葉が晒されていく。晒された後はその言葉は使われるのだろうか。使いにくくないかしら、むしろ積極的に使うのかしら。ていうかLINEって流出するんだなあ。

 

 

だから、「LINEって流出するんだねえ」とわたしは言った。

「パスワードとかそういう問題なのかも」と相手は言う。

「LINEが流出しちゃったら、わたし達が湯たんぽのこと湯たぽんって呼んでることもばれちゃうのかしら」

「ばれちゃうね、でも流行語大賞狙えるかも」

「大賞に選ばれたら授賞式何着ていけばいいんだろう」

「湯たぽんらしくオレンジ色がいいよ、きっと似合うよ」

「似合うかしら」

「保証する、絶対かわいい」

 

 

流行語大賞を貰うのは難しそうだけれどそう言ってもらえるならオレンジ色の下着でも買おうかな、と思った。素敵な下着を好きな人に自慢するぐらい許されるはずだしそれなら大賞をもらえるかもしれない。

2016年のスーパームーンは11月にあるらしい。あのおじさんは、また彼女と一緒に月を見て愛を深めるのだろうか。わたしは、彼は、スーパームーンを誰と見るのだろうか。答えは11月にとっておくことにする。

 

<月面に脚が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを>村木道彦