ピロートーク

やがて性愛

君は最後の抱擁をする

たまねぎとかミョウガとかああいう薄皮が重なってできている野菜。どちらもそんなに好きじゃないんだけれ剥いてむいてムイテいくと細くて小さな芯みたいなのがあるじゃない。あんな気持ち。
わたしは抱きしめられていた。

効果音でいうなら“ひゅるひゅる”
色でいうなら溶け出しの蜂蜜色
季節でいうなら秋の早朝の静けさ
刈られた田畑から鷺が飛びたつさまを、
高くて青い秋の空に白い雲が浮かんでいるさまを、
抱かれた肩越しに見た気がした。

これは、心象風景。只のイマジネーション。
頭の中でもう二度呟くと、場所は品川区に戻っていた。
秋でも朝でも鳥の姿も無い。目黒川が見える道の出来事。

 
たまねぎの芯の話を、このタイミングで自分からする度胸も無いが相手が何を考えているか分からない。分かったふりをするのはなお嫌。べらべらと話すのもきっと野暮。だから黙って抱かれていた。
そのうち頭の中の鷺が皆飛びたってしまい、暇になったので質問をすることにした。

「わたしのことが好きなの?」
そう聞くと、うん、と答えた。
お医者さまでも草津の湯でもア ドッコイショ 惚れた病は治りゃせぬよチョイナチョイナ。
脳内で草津節を歌い、わたしは感傷的な気持を殺した。センチメンタルは大概クソで、わたしはいつかロックバンドを組むなら「死ねセンチメンタルズ」にすると前々から決めている。


「わたしのことがとても大切?」
そう聞くと、うん、と答えた。
うん、以外に何か言えないのかしら。わたしが「もう会うのは止めよう」とか「貴様はここで死ぬ運命だ」とか言っても、うんって答えるんじゃないかしら。

「死ねセンチメンタルズ」のデビューシングルは多分「死ねセンチメンタル」だろう。ツアー名は「感傷殺戮ツアー’2016」とかで、ライブ中のメンバー紹介では「黙れ糞ポエム!ボーカルの田中です」「おまえの涙は金にならん、ギターの吉岡です」みたいになっちゃうんだろう。夢は膨らむ。こんなことならギターもベースも処分しなきゃよかったなあどっちも大してうまく無かったけれど。でもわたし率いるバンドなんだし、その時は楽器の練習は死ぬ気でやろうと思う。

他人が来たけれど、抱き合っているようなわたし達を見て、Uターンしていった。実際は一方的に抱かれているだけなのだが他人からはラブシーンに見えるのだろう。直立不動のわたしは、彼の肩越しから何もかもを見た。この人はどんな表情をしているのだろうかわたしが今目を見開いているなんて思っていないんだろう。目を開く。視界に映る全てを吸収することで感傷を捨てようとする。野菜の中の小さな芯に自分を重ねる、イメージを続けた。


<きつくきつく我の鋳型をとるように君は最後の抱擁をする>俵万智