主義なんてないから船に乗るんだよ
自己というものがぺらっぺらなので、自分ルールを持っている人に弱い。
「俺、財布はポーターって決めてるんだよね。今の壊れたらまた同じのを一生買い続けるつもり」と言われたから、なんで?と聞くと「ポーターの財布は皮がやわらかいから後ポケットに入れてもなじむんだよ」ですって。きゅん。
また別の日は「靴下と下着は全部ユニクロ。家用のパンツは全部グレーでシャツは全部白。外用はどっちも全部黒。」と言われたから、なんで?と聞くと「なんかそう決めてるんだよね」ですって。きゅんきゅん。
あるときは「ついでにメガネはJINS、リップクリームはキュレル、シャンプーはスーパーマイルド、タバコはもうやめたけれど昔はマルボロだった」なんで?と聞くと「なんかしっくり来たんだよね」ですって。きゅんきゅんきゅん。
この手の発言を聞く度に目がハートになっちゃう(古典的な表現!)
もし彼のどこが好きなの?と聞かれたら、わたしはきっと「彼、家では絶対パンツがグレーなんだって。そういうところ」と答えるだろう。そたらきっとあなたは「はあ???」と言う。気持ちはよくわかる。自分でもそれはなんか変だということが分かる 。
自分ルールは、自己で完結しているものが特に良く、他人に強制したり見限るための手段にするようなものはだめだ。こだわりが自己完結しない人はきらいだ。
「この前お寿司食べに行ったんですよ」とか言ったときに「どこの寿司屋?俺寿司は絶対に銀座の〇〇って決めてるんだよね、〇〇じゃ無いの??もったいない!!!」とか返されたら本当にむかつく。うるせえわたしがどこで寿司食べようがてめえの知ったこっちゃねえだろ。これだからグルメは嫌いだ。どこどこのあれを食べちゃったらもう他のは食べられないよね!とかすぐ言うし。いらいら。
そんなわけで自己がぺらっぺらなわたしは、定位置のようなものをあまり無く、様々なものに流動性がある。
わたしも何か自分ルールを持とうと、ずっと前に「これから何か悲しいことがあったらてんとう虫コミックスのドラえもんを買おう」と決めてみたんだけれど、何冊か増えたところで「この巻はAと喧嘩したときに、この巻はBにふられたとき、この巻はCにああ言われた日……」とコミックスを見る度に悲しくなったのでやめた。もう少しでドラえもんを嫌いになるところだったから本当によかった。それからは気が向いた時に買うことにして、ドラえもんとは良好な関係を築けている。
ここ一年ぐらい、また自分ルールを作ってみた。
「傷ついたときにはアップルパイを食べる」
アップルパイは前から好きだったけれど、なぜここでアップルパイを選んだのかは自分でもよく分かっていない。でも悲しいことがあったり傷ついた時に、落ちこむのと同時に「あっ…アップルパイ食べなきゃ、アップルパイのお店調べなきゃ…」と謎の使命感に燃え、検索している間は傷ついたことや悲しい事を考えずに済んでいるから今のところ成功と言えるだろう。
今後、わたしとアップルパイの関係はどうなっていくのか。それは自分でもまだ分からない。
<主義なんてないから船に乗るんだよ>なかはられいこ