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ピロートーク

やがて性愛

奔放無軌の母を許せよ

思い出話 日常

モットーは「嘘をつかないこと」と聞いて、生きにくそうな人だな、と思った。
大学時代のバイト先の先輩で、その人は2つ年上の男性で、一年留年しているから学年は一つしか違わなかった。仕事が出来て、長身細身のモテ眼鏡に「俺は嘘だけはつかないんだよね」と言われるとなんとなく、癪にさわった。


試しに、「じゃあわたしのこと可愛いって思いますか」と聞くと「あつこさんみたいなのがたまらなく好きだって思う人は一定の数はいるよ。でも俺のタイプでは無い。」といった言われ方をされた。あつこはあつこで「ブスって言われた方が気が楽です」とさめざめ。

嘘をつかない、っていうのは一見美徳だけれど、イコール本音を全て言う、では無いんだなあと気付いた。と言いつつも、わたしもあまり嘘をつかない。それは「誠実」や「優しさ」等といった大義の元に言わないのではなく、言わない方がずっと楽な気でいられるからだ。嘘をつくと、それだけで疲れる。そして嘘をついたことそのものを責められる可能性もあるし、何かやましいことがあるのではと勘繰られる危険性も高まる。そんなに危うい立場に立つぐらいなら、正直に素直に「わたしは嘘だけはついていません」というポジションで居た方が楽でいられる。だから、嘘はつかない。基本的に。

わたしが大学2年生にもなると、その人は大学3年生で就活をしていたらしい。最初の頃はせっせと説明会やら面接に行っていたようだけれど、なんだかふつりと就活生らしい姿を見せなくなり、いつしか「今日面接サボってスロットしていた」等といったいかにもクズっぽい発言をするようになっていた。その頃にはわたしもその先輩と親しくなっていたから「何してるんすか、親泣きますよ」と軽い口を叩いた。
すると
「いや、親には2次面接だって言ってるんだよね」と言われた。
余計親泣きますよ、と返した後に「嘘、つくこともあるんですね」と言った。別に責めてるんじゃないんだけれど、嘘だけはつかないって言ってたじゃないですか。ちょっと意外。

 

違うんだよ、親はさあ家族じゃん。家族はこれからも一生付き合っていくんだから、うまくやっていくためにも多少の嘘は混ぜなきゃいけないこともあるよ。だけど、家族以外は他人だから、他人に嘘をつく気にはなれないんだよ。

 

そのようなことを長々と言われて、なるほど。一定の説得力があると感じた。
まあ家族なんてものはどうあがいたところで一生家族だし、付き合っていくしかないから、ある程度の距離間や出来るだけうまくやっていくために嘘をついたり思いやりをもって接することが大切だ。わたしは比較的家族とは問題なく過ごせているはずだけれど、嫌でも家族は家族なんだから無理に頑張って好きになる必要も無いと思っている。いくら家族とはいえ、やっぱり性格が合わないとかだったら、もう諦めてしまえば良いだろう。他人だったら、頑張っていなければ関係は離れてしまうけれど、家族なんだし、嫌いになったぐらいでは離れることは出来ない。
密接な関係だから、見て見ぬふりをしたり、知らないふりをする必要や、触れないでそっとしておく優しさ等も必要なことがあるだろう。
たとえば具体的に言うと、わたしは実兄のTwitterアカウントをこの前見つけてしまった。ふとした拍子にだ。でも見つけて以降チェックなどしていない。それはなぜかというと、前述したとおりに「見ないでおこう」と思ったからだ。兄には兄の生き方があるし、もし呟いている内容をわたしに見せたかったとしたら、彼はわたしに言ってくるだろうという自負もある。(ていうか兄の性格的に、ああいうSNSは長続きしないだろう)

わたしは基本的に嘘をつかない。
でも、本当のことばかり言うというのはとても苦しい。できることならハイロウズの「日曜日よりの使者」のような、適当なことばかり言う優しい人になりたい。でもそれは少し難しそうだから、せめて、嘘の少ない心優しき者か、嘘ばかりいい加減なことばかりの心優しきロクデナシになりたい。
そして、こういった日記やTwitterといったSNSでは、出来るだけ適当なことばかり言いたい。嘘もたくさんつきたいし、あることない事話していきたい。
この気持ちは、おそらく、先輩の発言から拾うに、現実世界での言葉に「他人性」を感じているからだ。現実に会ってお話する人は、家族以外は皆他人だ。だから、出来るだけ嘘のなく、正直な自分で接したい。でも、インターネット内では、いくら誰かに向けて言葉を発信したところで、その言葉は自分自身に跳ね返ってきて、心との対話になる。「自分」は自分にとって家族であり、内側の存在だ。だから、こういったところでぐらい嘘を話すことを許してほしい。
これは、懺悔。そして、祈願。


さあて何が言いたいかというと、今回困っていることがある。それはおそらく母がこの日記を読んでいるということだ。なぜ分かったか理由は簡単。わたしのこの日記は、カウンターでログを見る事が出来て、そのログの中に、わたしが家に不在時、家の共有パソコンからのアクセスがあるからである。もうこれだけで十分に分かる。他にもわかる理由はいくつかあるけれど、大きな理由はそこだ。
さあて、どうするかなあ。
とりあえず、コーヒー牛乳(雪印)でも買ってきてください。お風呂上りに飲みたい気分だから。あと、もう読まないでね。大好きよ。


<火の海の真只中に身を焼きし奔放無軌の母を許せよ>中城ふみ子