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ピロートーク

やがて性愛

海がふたりのあこがれとなる

思い出話 愛だの恋だの 暴言

女という生き物は、好きな人と海に行きたくなる生き物なのかもしれないなと考えていたら電車を降り過ごした。まあ急ぎの用じゃないし早めに家を出ていたのでさほど焦ることもなく、逆向きの電車に乗り換える。


ほとんど暴言で、差別的な意識だけれど、まあ自分が女性だからある程度許されるだろう、と思って思考を続けた。


大学生の時、喫茶店で4年間アルバイトをしていた。
小さいお店で夜の時間帯のウェイトレスはわたしだけだった。忙しいときは本当にてんてこまいだけれど、結構自由にのんびり働けてなかなか気に入っていた。(時給はバカ安だったけれど)
お客さんが少ないときや、大きな声の人がいるとき、わたしの定位置のカウンターの近くに座るお客さんの話す声なんかは正直聞こえちゃって、心の中で相槌したり会話に入ることが多かった。

ある雨の夜、やっぱりお客さんが少ない日だった。
カウンター近くの大学生ぐらいのカップルが座った。サービスコーヒーを頼む彼氏と、甘いドリンクを頼む彼女。彼氏はもう糞つまんない経済学部か経営学部って感じで、ぱっとしないタイプ。眼鏡で、なんか中学生が着てそうなぺらぺたの英字プリントされた服を着て、ちょっとイキがっている。いわゆる美少女アニメとか好きそうで、Twitterで中国人や韓国人の悪口書いてそうな。彼女も彼女で、あまり分かりやすい美人ではない感じ。大友克洋タッチの顔で、服装はアイドル声優みたいな、ふりふりしたラブリーワンピース。
どちらも好みの人物像では無いなあと接客をし、聞こえてくる会話に耳を澄ますと、大学の授業の話をしていた。彼氏はやっぱり経済とか経営系らしくて、わたしは自分の目の確かさに内心ガッツポーズをとる。話が二転三転して、彼女が一息をついたあと「海を見に行きたい」と言った。
行こうよ、海。レンタカーとか借りて。
彼女がそう言ったとき、わたしの胸はどきどきした。さっきまでの彼女に対しての心の悪態を謝り、彼の反応が良いことを心底願った。あのときわたしは彼女と同期していた。どうか、どうか「いいね」と話を進めてくれ。口約束で十分だから、今このひとときを満たしてくれ。
彼は「いいね」「よく家族で行った熱海とかいいよね、行こうか」と言った。
「そういう海じゃなくって」と彼女は言い「なんで?熱海良いじゃん」と彼は話を続けた。わざと話をそらしたのかしら、とわたしはハラハラしながら彼女の心を沿っていった。

 

彼女が行きたかったのは、おそらく誰も人のいない海だ。
小さなレンタカーを借りて、二人でナビや地図に悪戦苦闘しながら、街を抜け田舎道を走り港町に着く。波は穏やかで海は二人きりのものになる。砂浜を二人は歩き、波打際へ向かう。波が押し寄せてきて「濡れちゃうよ」と笑う。靴を脱いで裸足になりふざけあったり、砂で遊んだりしてるうちに、いつしか無言になる。
海と自分達しかいなくなったら、この人は何を話すだろうか?私をどのように見つめてくれるだろうか?
私達の果てを現すようなそんな一日を過ごしてみたくって彼女は呟いたのだろう。
実際には行けなくって良い。
いつか二人が別れ別れになった後に「海に行こうって約束したのに、結局行けなかったなあ」と思えるために、今語り合うことができたらそれで彼女は大満足なのだ。ただ、熱海には悪いけれどそれが叶うところは少なくとも熱海ではない。ましてや家族でよく行った思い出の熱海では、違う。彼女にとってもわたしにとっても。その海を思い出すとき、私だけを思い出してほしいから、まっさらな記憶の場所に行かなければならない。

 

ニュアンスの違い等を恐れずにはっきりと言うなら、これはセンチメンタリズム。感傷だ。いじわるな言い方をすれば酔っている。なにしろ、モチーフがありきたりで良くない。今時映画にもならない。
「海」という生命のはじまりのイメージ。もう考察にすらならないけれど、生命の根源に近づき、自分達の始まりの景色を見るなんて、これが感傷と言わずに何と言う。ただ、恋をしている乙女というものは厄介な生き物でそういった光景を求める。かくいうわたしだって、彼と二人きりでそんな海を見る事が出来たら、もう死んでもいい。これは誇大比喩ではない。死んじゃって、いい。思い出に生きたい。


ただ、きっとわたしも彼女も、彼と二人で海に行けないまま恋は終わるだろう。
実際のメモリアルは永遠に生きることは出来ず、この恋の記憶だなんて子どもの頃に家族でした熱海旅行にかき消されてしまう。男の人の言う「海に行きたい」は、感傷よりもナルシズムのが近いイメージ。隣に居るわたしは、風景に紛れてしまいそうな。女の人が彼と海に行きたい、と言う時思う時、彼は海に値する存在になるイメージ。
ああ、大嫌いな言葉だけれど「男女の性差」とでも言ってしまおうか。本当に、暴言ばかり。炎上したって知らないわよ、と自分に釘を打って、「へいヘい合点承知の助~~~」とテキトーに自分を流して、今日も明日も海に行けずに、電車を乗り継いで生きていく。
(乗り継いで行けば海に着けることを知って知らぬふりして憧れ続ける。いつか、車を持っている人と付き合ってみよう。そんなことをぼんやり考えていて。ああ、おやすみなさい)

 

<ウィンドに黄昏の陽が満ちたれば海がふたりのあこがれとなる>三枝昂之