ピロートーク

やがて性愛

そのあとはなにもしゃべらず

わたし達ってどういう関係なんだっけ、といつも聞けずに終わる人がいる。


忙しい人らしいので(なんだか会社の中で偉い役職についているらしい)なかなかタイミングは合わないが、頑張ってスケジュールを組み立ててもらい時々仕事帰りにお会いする。食事やお茶を交わして、名残惜しそうな雰囲気をたてながら真っ直ぐに帰っていく、不思議な人だ。
時々は手が触れることもあるけれど、別に肉体の欲望というものを感じさせない。(少なくともわたしはその人に対して、性欲というものが全く湧いてこない。枯れ果てた泉。斧すら落とせない)
わたしはその人を苗字のさん付けで呼び、その人はわたしをあつこさんと呼ぶ。あつこさん、と呼ばれるのは結構好きだ。フランク過ぎず遠すぎず、距離感が良い。

 


この前は、大きな駅から歩いて15分、路地にある小さな鰻屋へ入った。
ここに来たのは二回目で、前回も我々はひつまぶしを食べた。ひつまぶしは食べていて飽きない。まずは細切れのうな丼気分で食べ、次に薬味をつけて味わい、最後にお茶漬けにして完食を迎える。話題がもし無くても、うなぎの美味しさは絶対的なので「おいしいね」と自然に会話が出来るし、自分で味を変化させていく食べ物なので「そろそろお茶漬けにしようかな」等と最低限の間合いをとることが出来る。皆さん、ぜひデートに鰻を食べてもらいたい。

食べる手間があるから量のわりにはゆっくりと食べられるし、食後は満足感や非日常感が強く、値が張った分だけ少しぐらい席でゆっくりお茶を飲んでも居心地の悪さを感じない。さらに寿司や懐石程緊張せずに食べられる、元気も出る。鰻は本当に良い食べ物だ。

わたし達もひつまぶしを存分に楽しみ、熱いお茶を頂いた。
「いやあ鰻はいいですね」「本当に」「土用の丑の日だけではなくていつでも食べたいですよね」「でも何だか獲れなくなってるらしいよ」「あっそんなニュース見たことある」「困るよね」「困るねえ」
鰻を食べただけで少なくともここまでの会話の繋げ方は可能になる。さすが鰻、えらいぞウナギ。

 


ここから先の会話は、昨今のゴシップネタがあればどうにかなってしまう。
「会うのずいぶん久しぶりですよね」「その間何があったっけ」「乙武さんが不倫していて、ショーンKの経歴詐称が明るみになった」「清原も捕まった」「トランプ氏は…」「まだ大統領なってないですよ」「そっかそっか」
「そういえば清原といえば昔巨人戦見に行ったことがあって」
「東京ドーム?」
「いや、どこだったっけな、神宮だったかも」
「でもその頃といえばスター選手でしょう」
「そりゃあもう、僕はサッカーファンだけどね、良かったことだけは覚えてるよ」
「いいですね」


清原の話の次は、誰のことを話そう。こういう場合は出来るだけ話をおおざっぱにするに限る。たとえば薬物乱用について意見を求めたり特定の球団について語ったりしてはならない。
自分の意見を言う際には細心の注意を払い「薬物ね~清原はなんか前から噂あったらしいですね」「今年はソフトバンクが強いらしいですね」等で済ませておくに越したことはない。土手で殴り合って理解し合うような時代では、無いのだ。少なくともこういう距離感の二人の間に流れる時間は。
渦中の人々には申し訳ないのだけれど、あなた方がニュースになってくれて本当に助かっている。だってわたし、別にこの人にだけ話したいことなんて特に無いもの。お互いの最大公約数の中で、最もフランクに対等に話し合えることが、芸能ゴシップだと思う。
だから、もっともっと自分の欲望に素直に(出来るだけ社会に迷惑のかけない範囲で)生きて、わたし達をあっと言わせて、話題をかっさらっていって下さい。出来るだけ、シンプルな案件で、大物芸能人が巻き起こしてくださるとなお助かります。こんな風に、距離感がよく分からない二人にとったら、それぐらいしか共通事項が無いのでね。


だから、
文春、頑張れ。
ヤフーニュース、どうぞ宜しく。
鰻、どうもありがとう。
またお会いしましょう。


<そのあとはなにもしゃべらず雪まじりの雨になるころあなたは眠る>加藤治郎