ピロートーク

やがて性愛

わたしはあなたを見る事が出来ない

ここ数年で視力が一気に下がり、メガネを使うようになった。 といっても、わたしの言う「視力悪い」は、幼少からのメガネユーザーの友人によると「まだ甘い」らしく、わたしのメガネをかけては「自分にはこの程度の度では何も見えない」と言われる。視力が悪いグループでの、悪ければ悪いほど偉いという謎のノリには未だについていない。

仕事でPCを見ることが多いため職場ではメガネが欠かせず、忘れてしまうと2日ぐらいかけて落ち込む。基本的にスマホやPCを使う時にしかメガネをかけず、未だに日常的にメガネをかけるという行為に慣れていないから、どうしてもメガネライフがしっくりしない。友人はわたしを「メガネ顔」で無い、と笑った。メガネをかけた自分の姿に自信が無いのは友人のせいと言っても過言ではない。あんにゃろう。ずっと視力が良かったことの何が悪いんだってんだ!!!

閑話休題

 

メガネを忘れては2日落ち込む日々にも疲れてきたので、常備用とは別に会社に置きメガネをすることにして自称「メガネソムリエ」の別の友人に付き添ってもらった。行先はZoff。しばらく悩んだ結果、軽くて薄いピンクの細いフレームのものを選んでもらった。 ソムリエが言うには「あつこちゃんは目力があるから、印象の華奢なものを選んだ方が顔映りがいい」らしく、意味がよく分からないけれどさすがソムリエ!と言われたとおりにする。

 

ちなみにわたしはメガネフェチ、というものが嫌いだ。 メガネだけではない、制服や二―ハイ、スーツなど様々なフェチズムに対して「付属物に愛は宿るのか?」「否!!!!」という問答を自分の内にしている。 例えばメガネフェチです、とでも言われると「君はメガネフェチなのではなく、メガネが好きなのだ。メガネと付き合え」と肩を揺さぶりたい衝動に駆られる。 メガネをかけた人ばかり好きになる、やメガネをかけた時の表情が素敵で好き、という気持ちはなんとなく分かるんだけれど、“フェチ”を自称されるとどうもだめ。ごく個人的な感情として「付属物への愛」に気持ち悪さを感じる。

 

 

閑話休題

 

メガネは受け渡しに少しだけ時間がかかるとのことで、わたしは「また明日来ます」と店を後にした。次の日、Zoffのカウンターへ行き、受け取り票を渡す。店員さんは若い男性で、こざっぱりとした感じのいい人だった。 色が白くて目は小さ目、笑顔が嫌味にならないいい人。お酒で喩えるならジンライム。

昨日選んだものを出してもらう。 サイズは合いますか?おかけになってください、と勧められたので言われたとおりにメガネをかける。少し屈んで顔を覗きこまれ「少し幅を狭くしましょう」と店員さんはわたしからメガネを外そうとする、その一瞬、手にわたしの髪が触れた。

あ、と思っているうちに、素早く調節し直されたメガネを渡され、自分でかけ直した。 「違和感ありませんか」と聞かれる。 「違和感は無いんですけれど鼻のところにいつも跡が残っちゃうんですよね」と日頃の悩みを相談をする。「無料でシリコンお付けできますのでそうしましょう」と言ってもらえたのでメガネを渡す。無料でつけてもらえるなんてラッキー!と思う間もなく、店員さんがメガネをわたしの顔の前に差し出した。

 

えっ、と思い目を閉じた。

華奢な細い“つる”の部分が、横からすべりこんでくる。サイドに小さな圧を感じ、ぴとっと嵌った感じがした。目を開けた。店員さんの顔が、正面の近いところにあった。驚いた。性懲りもなくときめいてしまった。

かける一瞬、はずす一瞬で世界が変わって見える不思議。その瞬間の無防備さを露わにするということ。これが、これがメガネの力か。

一気に恥ずかしくなってしまい「これで丁度いいです」と深々とお礼をし、袋に入れてもらいお店を出た。

 

つるりと自分の体の一部になっていくメガネ。目を開けた瞬間に明るくひらける視界。そして正面には人の顔。目を閉じていた瞬間もこの人にすべて見られていたという感動。

わたし、メガネフェチの気持ちは分からないし、どうせならメガネなんて必要ない生活が一番だと心から思っているけれど、あのとき初めてメガネって悪くないと思えた。こういった無防備はほんの一瞬だからいい。まばたきの間に変わる世界があるということ、自分という実体が所属している世界の全てを見ず知らずの人に預けるような、そんな場所があるということを知った。

 

それにしても。

メガネ屋の店員さんって、みんな異性の客にあそこまで親切にしてくれるものなのでしょうか。新規メガネユーザーだからか、わたしには分からないのですが、あんなのはずるい。ドキドキしちゃったよ。あんにゃろう。 

もし、またメガネ屋に用事があったらあのZoffに行こうと思います。情けないけど、今回はわたしの負けです。

 

<眼が眼を見る事が出来ないようにわたしはあなたを見る事が出来ない>早坂類