ピロートーク

やがて性愛

犬は入りゆく人類博物館

頬づえは顔の形をゆがませる…とは雑誌かテレビかなんかで知っていたからしないようにしていた。
だけれど、寝るときに横になって顔を布団につけるような形で眠るのもどうやら良くないらしい、ということを最近はじめて知った。

わたしはニコッと口を開けて笑うと、いつも布団をつけている左側の口端がゆがむから「それのせいかな!?」と不安になって、もちろんまっすぐに眠るように心がけている。

 

足をまっすぐに伸ばして、布団に入る。眼をつむる。

 

今のわたし、とても標本っぽいなあと思った。
よくSFの映画などで未来の人たちや科学者たちが見る、青い液体の入ったカプセルの中で眠る人間、あれになったような感覚。

 

声が聞こえてくる。

 

「博士、これが○×億年前の人類の女ですね」
「うむ、わたしが推測するに年齢は20前後、当時としては女盛りの頃だろう。生殖機能も備わっているから初潮はすでにむかえているはずだ。」

「君、見給え。指のところに指輪をつけているだろう?おそらく彼女には恋人がいたようだな。」
「えっ、指輪ってそんな昔からあるものなのですか!」
「ばかもん、指輪の歴史は古くて古代エジプトの時代から装身具としてつけられていたのだぞ」
「古代エジプトというと…」
「この女の生まれるさらに何万年も前の時代だ」
「どひゃー」


ずっとずっと未来の、博士とその助手のやりとりを想像してなんとなく面白くなってくる。
今眠った姿勢のときに、大噴火や隕石落下や大地震が起きて死んでしまって化石になっちゃったら、もしくは死んでそのまま家族の意志でお医者さんか科学者に遺体を提供されてしまったら、そんな未来が起きうるんだなぁとかぼんやり考えていた。

若さを永遠に保ちたいとか、不老不死でありたいとかそういうことを願ったことはないのだけれど、なんだか果てしなさ過ぎてロマンチックだと思う。
いつかわたしの体が、遠い未来で「ヒト(メス)」と飾られる日が来るかもしれない。そのとき横で眠る(オス)は誰だろう。素敵な人だったらいいな、できたらあの人か、あの人がいいな、偶然目覚めたときにわたしたちはまた恋に落ちるのかな、なんて夢を見てしまう。

 

 

そんなことを考え出した夜は、眠れないに決まっているのです。

 


〈首垂れて臭跡を追ひつぎつぎと犬は入りゆく人類博物館(ミューゼ・ド・ロム)〉真木勉