ピロートーク

やがて性愛

明日こそ死ぬ約束を

うまくいかないと互いに分かっている恋は情緒があっていいね。不思議とポジティブな気持になれたのは久しぶりに一緒に過ごせる夜だったからでしょうか。日ごろのめそめそが嘘のようにあっけらかんとした心持だった。

ふかふかの枕に背もたれ、布団の下では裸の脚を伸ばして、二人ならんでいる。もう二回したから、横の人は少し疲れて、わたしの腿を指でなぞっている。
他の人もそうなのか知らないけれど、わたしは、した後はオレンジジュースが飲みたくなる。数時間前にあらかじめ冷蔵庫に入れておいたオレンジジュースのことを思い出し、立ち上ろうとした。
でも立ち上って布団から出るというのは、裸のわたしをあなたの目に晒すということだからためらわれて、やっぱりやめる。

 

暗い話はしたくない
こういうところでなら、なおのこと

 

「また忙しくなるの?」と聞くと「新しい人が入ってこないからそれまでは終電覚悟だねえ」とのんびりした声で返事をされた。別に、そのへんはわたし理解あるから泣きついたりなんてしないけどさ、と言う言葉を「ふうん」に込めた。
「ああ 俺 あつこちゃんのこと大好きだなあ」間延びした声。
いやな男だな、と思った。女にとっていやな男ってのは、皮肉なことにいい男であることが多い。
憎ませて恨ませてよわたしを選んでよそのぐらい執着してごらんよ。付き合ってあげるから。

「わたしも好きよ」
「うれしい」
「うれしいねえ」

男の肌はすべすべだから撫でていると気持ちがいい。このまま何も考えずにいられたらどんなに幸せだろう。にゃーん、って気持ちで、ネコだったら喉を鳴らして。
暗い話はしたくない。こういうところでなら、なおのこと。
と思いつつもしたがっちゃうのがわたしの悪い性分で「これからどうしようかあ」と聞いた。声のトーンは暗くなかった。

「どうしようかって」
「わたし達、このままでいいのかなってこと」
「ああ」
「なあに」
「ごめんね」
「いや、別に」

”別に””平気””大丈夫”こんな言葉ばかり上手になって、会話の予測変換にはすぐに浮上してくるほど。
別に、何なのかは自分でもよくわかっていないけれど、別にでおなかいっぱいなのだ。

「心中でもしようかあ」
「もうそれしかないねえ」

互いに顔を見合わせて、ふふふと笑った。おでことおでこをくっつけて、そのあとは頬と頬をくっつけて。
手を繋いで、笑った。曽根崎心中のことを思い出した。「此の世のなごり。夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜」
こんな言葉がふと浮かぶんだからまじめに大学通って良かったなあと思いつつ、もし心中するなら徳兵衛とおはつのようにではなく明るく死ににいきたいと思った。暗いのはいやだね、楽にいこうよ。来世で、なんか誓わなくていいよ。現世が不幸みたいだし、来世でうまくいかなかったらより辛いじゃん?

いつのまにか眠っていたみたいで、気が付いたら朝だった。隣の人は既に起きてシャワーを浴びてきたみたいで、ローブを羽織っていた。「おはよう」「よく寝てたね」「シャワー浴びてたのね」「うん、浴びる?」「いい」「まだチェックアウトまで少し時間あるからね」「はあい」

もう一回して、簡単に身支度を整え服を着て部屋を出た。手をつないで歩き、駅前のベーカリーカフェでコーヒーとパンを食べて、少し話して右と左に別れた。電車を待ちながらストールに顔を埋め目を閉じたまま呟いた。今回もできなかったね、心中。
LINEの通知がブブブと鳴った。

<明日こそ死ぬ約束をいつまでも更新させて生き延びたいね>田丸まひる