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ピロートーク

やがて性愛

われは珈琲でかた眼失くした

最近ちょっと、やばいんじゃないの
と言われたときわたしはコーヒーに三杯目のミルクを入れているところだった。

えっ なにが

と聞くと、いやほら、そういうところ、と手に持っているコーヒーフレッシュを指さされた。
実はお砂糖もペットシュガー一本分入れている。
激甘、激まろやかなコーヒー。

 

まだ大丈夫、と返してコーヒーを飲んだ。甘い?気がしないでもない。いよいよ味覚までおかしくなったか。
いやていうかわたし何でコーヒーにこんなにミルクだの砂糖だの入れたのだろう、別に入れたかったわけではないのに、無意識のうちに?それは、確かにやばいね。

コーヒー、いつから飲めるようになったんだっけ。
向かい合った相手のおしゃべりをよそに考え始めていた。

 

大学に入学したての頃、地元の男子とお茶をした。
ずいぶんと久しぶりに顔を合わせたからおしゃべりに花が咲く。
ああ変わってないなあと思いながら、わたしは何を飲んでいたのだろう。
忘れちゃったけれど、彼はコーヒーを頼んだ。

注文が来て、コーヒーが机の上に置かれる。
ミルクと砂糖がわたしの近くにあったので「いる?」と尋ねると「いらない」と言われる。
「ブラック派なんだ」「それもあるけれど昨日あんまり寝てないんだよね」「そうなの」「バイトでさ」
「バイト何してるんだっけ」「○○ってところ」「え、大変そう」
こんな感じのぼやぼやした当たり障りのない話を続けてながら思った。

一体、いつのまに彼はコーヒーを飲めるようになっていたのだろう。

わたしの中での彼と飲み物に関わる記憶は、給食の牛乳やスープ、部活後のスポーツ飲料、後はみんなで遊んだ時にコーラを飲んでいたぐらいだった。
同じ町で育って、同じような学校に通って、共通の友人がいて。
近い人に思っていたけれど、当たり前だけれど、わたしが見ていない時間の方が圧倒的に生きている量が多いんだよな。
親友でも恋人だったわけでもないし。当たり前だけれど。
ていうかなんで今こうしてお茶なんてしているのか分からないような関係だったけれど。
わたし達別にそういう関係じゃなかったよね?これからも何も起こるはずない、よね?


まるで母親のような言い方になるけれど、男の子っていつのまに大人になっちゃってて、なんだかせつない。
見届けたかった。一緒に大人になる過程を歩んでみたかった。背中を追いかけてみたかった。


「ねえ話聞いてる?」ふと現実に戻され、現在のわたしの目の前にいる友人の方を向きなおす。はぐらかすのも無理、と思ったので
正直に「ごめん全然別のことか考えてた」と答えた。何考えてたの?昔のこと。昔?コーヒーってさあ、え、。。。
考えていたことを全部話した。男の子たちはいつのまにか大人になっちゃっていて、わたしはさみしい、ということ。話し終わって、しばらくの沈黙ののちにばっかじゃないの、と一蹴された。
うう、と唸るしかないわたしに友人は続ける。

「それで」
「そのコーヒーはおいしいわけ?」
激甘激まろやかな液体の入ったわたしのカップを指さした。
「ちっとも」
そう返事したら
「ほら、そういうことだよ」と友人は笑った。

<カツフエエを飮まねばならぬとわれいはぬわれは珈琲でかた眼失くした/石川信雄>