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ピロートーク

やがて性愛

耳といふ薄き冷たき肉にまで

読書や文学 怒ったり主張している 日常

ピアスを空けて1年がたつ。


空けたての耳を「ほら」と見せると「おお」と言われた。
耳たぶにはわたしの誕生石のローズクォーツがぽつんとはめこまれている。
「きれいだ」「でしょ」「どうだった?痛かった?」「痛いも何もないわよ」

麻酔したもん、とわたしが口をとがらせるとその人は爆笑をした。
「麻酔する人はじめて見たよ、全然痛くないのに。こわがり?」

「わたしだってするつもりなんてなかったけれど、看護師のおねえさんが痛いよって言うんだもん」
「念願のピアスを空けた感想は?」
「処女喪失って感じ」
「それは妬けるな」
「ふふふ」
「ふふ」

 

とりあえず、おめでとう、とわたしの貫通された耳に祝福をした。

ピアスをあけたかったのは、もちろんおしゃれのためである。
就職も決まったし、これまで落としてきたたくさんのイヤリングたちの冥福を祈る儀式とこれ以上イヤリングたちの中に被害者を増やさないため。
でもそれとは別に、わたしには身体改造の夢があった。

身体改造。
ピアス、パーマ、タトゥー、染髪、整形手術、etc.


蛇は脱皮をするし、カメレオンは変態できるけれど、こういった身体改造は人間だけのものだ。
はじめて「蛇にピアス」を読んだのは高一だったからか、ぞくぞくした。自分を変える意志と行動をわたしは尊重する。
ありのままの自分で満足しない人、どうしたら自分がもっと幸せになれるかを考え、その考えにのっとって自分のために動ける人がわたしは昔から好きなのだ。

取捨選択しつづけること、選んだ結果のものを体できちんと受け止めること、そうだ。それこそ人生って感じ。生きているって、そういうことの繰り返しと繰り返す間の“無”の連続なんだろうという気がしてきて、悶々と考えだす。死ねナチュラル系死ねピュアガールたち死ね処女性にこだわるあらゆる男どもよそしてそれを逆手にとり人を切る女たちよ。
わたしは怒る。わたしは戦う。わたしは変わる。取捨選択こそわたしの今後の人生を彩り…

 

と、ここまで怒り考えをめぐらせたところでわたしの心なんてものはちりぢりになった。


「似合ってるねかわいい」


こんな一言で、わたしの心も思想も、どこか遠いところへ放りなげられてしまう。


「穴が完全に貫通したら、おしゃれピアスをプレゼントしていいかな」


「うん」心の融解度が下がっていってることがわかった。とろけそうなほどに嬉しかった。

 

けれども、その人から結局ピアスをプレゼントしてもらうことは無かった。
以前見た映画で、某大女優が言っていたセリフが頭に残っている。


「耳飾りは男が女に贈る値踏み表ね、しんどい事だわ」


わたしの価値はどのくらい?
ピアスのひとつもプレゼントしてもらえないぐらいでしかなかったのかな、と耳たぶをゆさゆさと触れてみる。耳たぶは冷たいね。
たとえば2万円のピアスを贈られたらわたしはあなたにとって2万円分の女なの?まさか、そんなわけない。あってたまるか。
やっぱりさ、気持ちが大切だと思うよ。わたしのこと考えて選んでくれたならわたしはそれにそれの持つ値段以上の価値を見出せるよ。
しんどいなんて言わないよ。

毎年誕生日プレゼントを予算を設定して互いに贈りあっている友人に。「今年は何が欲しい?」と聞かれた。「ピアス、綺麗なやつ」と即答し、今年は互いにピアスを贈り合うことになった。
その話とは別だけれど、予算はどうでもいいよ。わたしの耳を彩るものを頂戴。値踏みなんてしないから、安心してね。


<耳といふ薄き冷たき肉にまでわが愛憎はゆきわたりたる>坂井修一