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ピロートーク

やがて性愛

優しくなりしわれを

女の涙は武器とよくいうけれど、それ以上の凶器(狂気!MAD!!!)は男の涙だと思った。


大好きな人がいた。
一緒に居るだけでお話しているだけでとてもとても楽しくて、それだけで幸せだった。
いつかずっと一緒にいられたらいいな、という淡い少女のような願望が自分の中にまだあることを気づかせてくれる人だった。
あちらもわたしのことが大好きで、こまめに連絡をくれ、写真を送りあい、いろいろなことを教えてくれた。
お互いの「大好き」が通じ合うよろこびを、女の身というものにひしひしと感じ、この激しさはわたしの肉体の持つやわらかさでは抱えきれないほどだった。

 

忙しい人だったから思うように会えないし、口下手だからあまり自分のこと話してくれないけれど、会うときはいつもニコニコしてエスコートしてくれて、わたしのとりとめのない話に相槌を打ってくれるのが
嬉しくて、大好きで、大好きで。

 

 


呪うのは自分のインターネットスキルだ。
わたしの知らない普段の彼が知りたい社会生活を営んでいる姿が見たいという、これまた乙女心という名の出来心でスキルを駆使し、ツイッターを見つけ出した。
友好関係を割り出す。ある一言が目に入った。

 


「嫁」

 

 


既婚者だった。
彼はわたしに独身と偽っていたことが発覚した。

自分の保身のために急いで会う約束をとりつけ、ほどなくしてそのことを聞いてみると、否定してくれなかった。
それどころか更に恐ろしいことが発覚した。

名前と年齢も偽っていたのだった。


本名も偽名もどちらも平凡な名前だった。人ごみの中に紛れ込んじゃいそうな、ふつうの、良い名前。
親の願いが一心に込められていることが分かった。
年齢は、わたしが知っていたのよりも一回りほど年上だった。
思わず「お、お若く見えますよね」と見当はずれなことを言ってしまったのだった。

 

さすがに泣いてしまった。
怪しいな、嘘ついているな、ごまかしたな、と思うことはいろいろあったけれど、まさかここまでとは。
あのときのときめきも乙女心も木端微塵になって、宇宙の芥に同化してしまう。
いたずらに呼び、笑いあったあの名前も本当は嘘で、わたしは誰でもない人の名前をずっと追ってきていたとは。

そして、この人は、わたしが名前を呼ぶたびに、年齢のことを話すたびに胸を痛めていたのだろう。
二人の未来の話をしているたびに、思い出す顔があって、どこやらに申し訳なさを感じていたのだろう。

 

かわいそうに。


そう思った。

 

「ごめん、だますつもりじゃなかった。言えなかったんだ。本当にごめんなさい」
首を思い切り項垂れて、彼のつむじが見えた。泣いている、と悟った。

会うまでは、怒るつもりでいた、最悪の場合は慰謝料でも請求してやろうかと会う前に「無料法律相談」的なところへ電話して余念ないほどだった。
引っぱたいて、水を顔にぶっかけて、「サイテー!」と言うシュミレーションを脳内で何度も行った。


けれど、わたしの口から出た言葉は、自分でも予想しないものだった。

 


「つらかったね」

 

頭を撫でてみると慈しみの気持ちが広がる。自分がまるで天使さまかマリア様にでもなった気がしてきた。
天上世界というものはいつも晴れやかな青空が広がっているのではないだろうか、と思った。
許すという優しさや強さが自分の中にあって、それが、結局自分の首を絞め、現状を諦めてしまっていることだとわかった。

怒れたらいい。
怒鳴り散らして殴って蹴って、ものを投げて、
それで怒りのエネルギーを燃やし続けながら相手を思うほどわたしは愛してはいないのかもしれない。
いや、それよりも都合の悪いことは許してしまう方が諦めてしまう方がずっと楽なのだ。
自分が優位に立てる「かわいそう」を投げてしまった方がずっと楽で、傷つくことはなくて、
その気になれば酔いしれることもできるのだ。(酔いしれるほどの元気はわたしには無かったけれども)


泣いているのが彼じゃなかったら、わたしたち立場が逆だったら違っただろうなと思う。
偽っていたわたしが涙を流しながら訴える「言い出せなかったの、ごめんなさい」。
彼も何か優しい言葉をかけるだろう。「言ってくれてありがとう」「これまで苦しかったね」「本当のことが知られて嬉しいよ」
でもそれはわたしのそれとは違う。
真心からの優しさで言うのだろう。
女を泣かせてしまった罪悪感や、その訴えの悲痛さを感じ、それをやわらげようという気持ちから言う。
これからの二人のために、彼女の立場のために。

でもそうはいかない。立場が逆…なんてそもそもない。
泣いているのは、彼だ。
そしてこの涙を見て、わたしは慈しみという感情に逃げ、これからの未来を諦めてしまうことに賭けてしまった。

恐ろしいことだと思う。
こうなるのはわたしだけなのだろうか、違うと思いたい。女ならそうなるんじゃないか、と問いたい。
二人の未来が、いっぺんに切り裂かれた。
涙は武器ではない。凶器になる。

女は強い。男は、もっと強い。

そう思った。

<優しくなりしわれを悲しむわれがありきあきらめて得しやさしさならん/道浦母都子>