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ピロートーク

やがて性愛

焼き亡ぼさむ天の火もがも

読書や文学 考え事 愛だの恋だの

万葉集にある狭野茅上娘子の有名な相聞歌


君が行く道のながてを繰り畳ね焼き亡ぼさむ天(あめ)の火もがも
訳:あなたがこれからいらっしゃる道の、長い道のりを手繰り寄せてたたんで、焼きつくしてしまう天の火がほしい


簡単に言うとこれは、恋人が罪を得て越前に流罪になったときに狭野茅上女子が詠んだ歌。
狭野茅上女子さんがどこに住んでいたのかは分からないけれど、電話もメールもない時代に恋人が越前へ行くってとんでもなく途方に暮れるような遠距離恋愛だったんだろうなと思う。
その果てしない距離を一本の帯のようにとらえて手繰り寄せてたたんで、二人の距離をなくしてしまいたい、そういった飛躍した発想ができるなんて情熱的な歌だと、これまでは思っていた。

 1つ年上の恋人が教育実習のため実家のある東北へ帰ったため、3週間ほど遠距離恋愛だった。

直前の朝、駅まで一緒にいて彼を笑顔で見送り、思い出したのはこの歌だった。
今までは「なんて情熱的な歌なのだろう!」とばかり思っていたけれど、この歌の新しさに気づいて再び感動した。
愛しい人が遠くへ行ってしまう先ならどこだとしても同じだ、それは一本道なんだと思う。
恋人が"どこへ"行ったかよりも、"私と離れてしまう"ということにウェイトを置いていることに気づいた。
本当なら山々を越え、川に沿って歩き、曲がり、迷い、くねくねと行くのだろうが、恋する人にとっては、ただ真っ直ぐな線により離された距離が二人を隔てるのだと思う。
真っ直ぐな線には自分の素直な気持ちが込められている。線上の光のようなものまで感じる。

今の世の中なら、恋人がどこか遠い町へ行ってしまうなら、新幹線や飛行機で離ればなれになるだろう。
そのとき、新幹線なら真っ直ぐな路線にそって、飛行機ならひこうき雲を空に描く。
現代の感覚ならすぐ分かる「道のながてを繰り畳ね」が、道路整備などままならぬ時代にすでに詠まれていたのだ、これは、すごいことだとわたしは思う。

(そしてその道には天からの火がほしい、その火で道を焼き亡ぼしてあなたが行けないようにしてしまいたい。)
天からの火、なんて神話のような世界観なのだろう。0か100か、愛しい人と離れるときの焦がれる想いには中途半端は無く、すべてを焼き尽くす覚悟すら感じる。


スーツケースを持ち、手をふり去る恋人が乗る電車の遠い路線に、わたしは火を放つことができるだろうか。できないだろうな、わたしにそんな強い意思や覚悟は似合わないな。
わたしはそんな風には愛せないよ、そう思うけれど彼はそんなこときっと求めてないだろう。
恋人は、ちょうど昨日帰ってきた。わたしは泣いた。
罪を犯したのではなくて自分の将来の夢のために離れていた、彼に似合うのは、焼き亡ぼすような火よりも暖かな日だまりだと思う。わたしは火を放つことはしなくてもいい。
大切な人に、やわらかな愛情を、めいいっぱい降り注げる、そんなわたしでありたいと思う。